第15話 アニーからアニタへ

 昨夜よりも少しだけ高く。それでいて光る面積が増えたのか、多少強さを増した月の輝きが、私の背中を照らす。


 それは目の前にある窓も同じこと。カーテンが揺れた瞬間、ルシの姿が見えた。

 いや、ルシア様とお呼びしなければ。ディアス公爵家の令嬢なのだから。


「アニー!」


 時刻は九時を過ぎているのに、大きな声で私を出迎えてくれる、ルシア様。

 その嬉しそうな顔を見て、ザカリー様を思い出す。


 同じ顔なのに、向こうは「何しに来た」と言わんばかりの呆れ顔で私を出迎える。

 この差に、少しばかり胸が痛んだ。


「アニー?」


 ルシア様の心配そうな声に、私はハッとなった。いつまでも反応がないからだろう。


 今夜の訪問はザカリー様を通してルシア様に伝えているが、本人と約束したわけではない。


「申し訳ありません。すぐにそちらへ行きます。念のために、下がっていてもらえますか?」

「えぇ」


 私は昨夜と同じように、風魔法を使って部屋へと入る。


「アニー、どうしたの? 急に口調がおかしいわよ」

「それは事情を全部聞いたからです。私のことも含め、ルシア様に話されたのではないんですか、ザカリー様」


 私は室内にいる、もう一人の存在に話しかけた。

 部屋は薄暗く、ほんのりと明るいが、それでも姿は確認できる。


「あぁ。その通りだ」


 私とルシア様のところに、ゆっくりと近づいてくるザカリー様。

 その姿は、日中の可愛らしい格好ではない。

 長い髪を後ろで一つに結っているところまでは同じだが、高さが違う。そうポニーテールではなく、もっと下。首に近いところで結ばれていた。

 服もドレス風ワンピースから、スーツを着用している。


 だからだろうか。印象までも違って見えた。そう、まるで……。


「男の子に見えますね」

「……男だからな。これでも」

「ふふふっ。私も久しぶりに見ましたわ。お兄様らしい姿を」


 ルシア様にまで言われてしまい、ザカリー様はバツの悪そうな顔をした。


「俺の格好よりも、アニタの方は何なんだ、それは!」


 何って? と首を傾げると、さらにザカリー様の言動がキツくなった。


「格好だ。格好」

「あぁ。ルシ、いえルシア様と初めて会ったのが、この姿だったので、同じにしてみました。やはり姿を変えるのは、気味が悪いでしょうか」


 ルシア様には見慣れた姿かもしれないが、ザカリー様は初見だ。しかも、普段の二十歳の姿を知っている分、そう感じるのではないだろうか。


 見知った人物が、幼い姿で突然現れたら、気味が悪いに決まっている。


「誰が姿だと言った。俺は格好だと言わなかったか?」

「え?」

「まぁ、そんなにお兄様が言うほど、おかしな格好だとは思いませんけれど。少しだけ変わっている程度ではありませんか」


 それは軽く、変だということでは?


「ルシア。足をよく見ろ」

「足?」


 そう言われ、私は視線を下に向けた。

 紫色のシャツの上に青いジレ。その下は、木登りし易いようにと、シャツよりも濃い紫色の短パンを穿いている。


 山奥に住んでいた時の通常スタイルだっただけに、ルシア様の返答が気になった。


「綺麗だと思いますよ。長くてスラッとしたところが特に」

「誰が感想を述べろと言った! 俺が言いたいのは、その……だ、出し過ぎなんだ、足が。だから、何が言いたいか、というとだな。……は、はしたないだろう」


 視線を逸らしながら言うザカリー様は、薄暗くても分かるほど、顔が赤かった。


 なるほど。養父に引き取られた時は、用意された服を着て。アカデミーに入ると、すぐに制服を着てしまったから、気がつかなかった。


 この服は、ザカリー様に良くないらしい、ということに。

 私はこれ以上、叱咤しったが飛んで来ないように、十五歳の姿から二十歳の姿に戻した。

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