第14話 質問の嵐

 そうして私は、昨夜と同じように中庭の木に腰かけていた。時刻も同じ夜の九時。

 後ろには、日中私たちが座っていたベンチが見える。


 あの時、魔女だと告白した私を前に、“少女”は怯むどころか懇願してきた。

 しかし私は、相手の正体が分からないまま、願いを叶えるほど、できた人間ではない。


 確かにルシ……ルシア様のことは心配だけど。


「その前に、あなたは誰ですか?」


 確認は、こちらも必要だった。


「名乗っていなかったな。気持ちが急いで、礼を欠いてしまった。すまない。俺はルシアの双子の兄、ザカリー・ディアスだ」

「えっ?」


 予想外の言葉に私は動揺した。だって、兄ってどういうこと?

 血縁者だとは思っていたけど、姉ではなく、兄? ということは、えっと……つまり……。


「男……の子?」

「こんな格好で言うのもなんだが、気がつかなかったのか?」

「はい。とても似合っていますので」

「今はまだ、ルシアと差異がないからな」


 長く伸びた金髪。ドレスのようなワンピースを着て歩く姿は、どこからどう見ても、貴族令嬢だった。

 突発的に、男爵令嬢になった私とは違い。


 そう未だに私は、小綺麗な服に慣れなかった。ザカリー様が着ていらっしゃる、袖を膨らませたパフスリーブのワンピースなんて、もっての外だった。


 ん? 袖? もしかして、肩の骨格を隠すために、えてそのワンピースを着ていらしたの?


 しかし、疑念はまだあった。


「声……そう、声だって!」

「……声変わりがなかったんだ。いや、これからかもしれないが」

「髪は地毛ですか?」

「あぁ。始めはつけ毛で誤魔化していたんだが、長くやっている内に、すべて地毛になった」

「羨ましいです」


 思わず私は、ザカリー様の髪に触れた。髪を高い位置で結い上げているのに、腰まで届く、その長さ。艶やかなのに、さらさらとした髪質。


「……アニタ」

「す、すみません」


 私ったら、女の子同士ならいざ知らず。男の子の髪を!


 手を離すと、ザカリー様は恥ずかしそうに、髪を後ろに追いやった。


「その、抵抗はなかったんですか?」

「幼い頃からルシアと同じ格好をさせられていたからな」


 視線を逸らしながらも、私の素朴な疑問に、丁寧に答えて下さるザカリー様。

 口が悪く。横柄おうへいな態度を見せてはいるが、心根は優しいのかもしれない。


 なら、あのことを聞いても答えて下さるだろうか。そう思った途端、口から質問がこぼれた。


「ザカリー様は何故、そこまでしてルシア様の格好、というか真似をなさっているんですか?」

「……ルシアが、王子の婚約者候補だというのは知っているな?」

「はい。家庭教師を呼ぶのは、そのためだと伺いました」


 私は違うけれど。


「仮に婚約者になれたとして、ルシアがそれに耐えられると思うか?」

「それは精神面ではなく、体力面という意味ですか?」

「無論だ」


 なら答えは決まっている。無理だ。

 部屋の外にさえ、満足に出られないルシア様に、務まるとは思えない。


「昨日、会ったばかりのアニタでも気づくというのに、父上や周りの者たちにはそれが分からない。いや、ルシアを人とも思っていないのだろう。地位や立場ばかりを気にしているのだからな」

「私には貴族の情勢というものは分かりません。が、このままではルシア様の命に係わる、ということですか?」

「そうだ。このまま行けば、ルシアは死んでしまう。それに父上は、ルシアをいずれ王妃にしたいと考えているようだが、無理な話だ。王妃としての公務はおろか、世継ぎだって産めやしない」


 残酷な話だが、世継ぎが産めなければ、早々に側室を迎えるだろう。さらに子が産まれれば、側室といえど権力を持つ。

 蔑ろにされるルシア様の姿が目に浮かんだ。たとえ、ディアス公爵家の生まれであっても。


「だからルシア様の格好を……」


 守るためとはいえ、生半可な覚悟ではできないはずだ。


 私は再び手を伸ばした。ザカリー様の頭に向かって。


 どれだけの年月、この少年は頑張って来たのだろう。妹を守るために、一人で懸命に。

 心が擦れてしまうのも、無理はないと思った。

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