第13話 激流する疑問

 いやいや。ここで動揺してはいけないわ、アニタ。


 ゆっくりと深呼吸をしてから、私はルシア様に向き合った。穏やかな気持ちになれば、自然と表情もついてくるもの。

 しかし、心臓の鼓動は嘘がつけないのか、速かった。


「申し訳ありません。私から提案したことなのに。それでは何をお話ししましょうか。やはり昨日の続きが良いですよね。中途半端でしたから、ルシア様もスッキリするのではないでしょうか」


 私はまくし立てるように、矢継ぎ早に言った。

 暗に、私が養女になった話を蒸し返されないこと。また、昨夜の出来事を追及されたくがないために、私は先手を打ったのだ。


「確かに中途半端は良くないな。だが、それ以上の案件ができれば、話は別だ。そう思わないか、アニタ」


 しかし、それが通用するルシア様ではなかった。


『それ以上の案件』……ルシの部屋がある、目の前の建物に視線を向けられれば、嫌でも気づく。

 私の言っている意味は分かるな、と暗に聞いてくるルシア様の意図に。


「そう、ですね」

「アニタが言ったように、私はスッキリするような話が聞きたい。もう一度聞く。昨夜はどこにいた?」

「……恐らくは、ルシア様の部屋に」


 自分でも踏み込み過ぎたか、と危惧した。けれど、こういうのは思い切りが大事とも言うし……。


 静かにルシア様の言葉を待った。


「では、アニタが、いやお前が魔女だというのは本当か?」

「それは私の問いに答えていただいてから、お教えします」

「何?」

「お忘れですか? 私は『恐らく』と申し上げたんです。その答え合わせの方が、先ではありませんか?」


 これはただの屁理屈だ。しかし、向こうが正体を伏せたまま、私を魔女だと聞くのは卑怯なのではないだろうか。


「そうだな。アニタは、いやアニーだったか。お前はそういう奴だということを失念していた。……昨夜、お前がいたのはルシアの部屋だ。正真正銘、噂通りの病弱な公爵令嬢、ルシア・ディアスのな」


 やはり。では、ここにいるルシにそっくりな令嬢は誰? 何故、ルシア様の名前を語っているの?

 様々な疑念が浮かんだが、私はそれを一旦心にしまい、別の言葉を口にした。


「アニタとお呼びください。便宜上、アニーと名乗っただけですので。……ルシ、いえルシア様からお聞きしたんですよね、私のこと」

「あぁ。ルシアもルシアだが、何だアニーというのは。バカか、お前たちは。それでよく隠せると思ったな」


 ごもっとも過ぎて、返す言葉がない。


「珍しく朝から俺の部屋を訪ねて来たと思いきや、第一声が『アニーを知りませんか?』だぞ。呆れてものが言えなかった」

「申し訳ありません」

「特徴を聞けば茶髪に黄色い目。さらに『アニー』という名前で、すぐにお前だと分かったぞ」

「本当に申し訳ありません」


 立ち上がって頭を下がるところまで下げたかったが、座っている状態では、それができない。

 やろうとしても、さっきみたいに逃げると思われているのか、強く握られていて、それも叶わなかった。


「俺は謝罪を求めているんじゃない。確認をしたいだけだ」

「確認、ですか?」

「そうだ。ルシアが言うように、アニタは魔女なのか?」


 問い詰めてくる、真剣な青い目。

 握られている手に、震えは感じない。強がっているようにも見えない表情。

 まるで私が、魔女かどうかが重要であるかのような言い方だった。


 だけど、私はそれ以外が、凄く気になって仕方がなかった。

 さっきから『俺』って何ですか?

 もしかして、ずっと『お』と言っていたのは、『俺』の『お』だったってことですか?

 あと、『私』から『俺』になった理由もお聞きしたいです!


 私は目を閉じて、それらの言葉を呑み込んだ。これでは先ほどの“少女”と同じになってしまうからだ。

 さらにゆっくりと息を吐き、心を落ち着かせた。


「確かに私は魔女です。それを確認してどうするおつもりですか?」

「ルシアを治してもらいたいんだ」


 治す?


 さらなる疑問が私を襲った。

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