第12話 ルシアの才能

 そんなに話が聞きたいのか、それとも案内するのに飽きたのか。

 観光ツアーもそこそこに、私たちは中庭に来ていた。


 途中、物凄く高そうな壺を見た私は、思わず歩調をゆるめた。


「何だ。今度はそれに興味があるのか?」

「違います! 壊してしまったら、どうしようかと思ったんです!」


 壺はけして大きくはないが、下にいくに連れて細くなっている。大声を出したら、振動で倒れてしまうのではないだろうか。


 咄嗟に手で口を塞ぐと、ルシア様は呆れた表情で、その手も取った。


「壊れたら、また新しいのを置けばいいだろう」

「その理屈は分かりますが、一点物だったらどうするんですか。見るからに高そうですし。弁償なんてできませんよ」

「……これは、そんな物じゃない」

「いえいえ、よく見てください。このタッチは、スティナー朝時代に流行った模様に似ていませんか? 色合いも綺麗ですし。特にこの紫色がいい味を出しています」


 思わず熱弁を振るうと、ルシア様は片手で顔を覆った。


「一流作家の作品と変わらぬ評価をするな。これはお……ではなく、私が作った物だ。ちょうど良いと父上が置いたに過ぎない」

「……ルシア様にそのような才能が! そちらの方面に進まれないのですか?」

「……アニタ。自分の立場を忘れていないか。私はこれでも……王子の婚約者候補だぞ、まだ」

「だからこそです。一つでも秀でたものがあれば、候補ではなく婚約者に一歩近づけると思います」


 別にルシア様の取り巻きではないが、私は称賛するように言った。

 元々おべっかを使うタイプではなかったから、変に思われたのだろうか。ルシア様の表情は、晴れるどころか怪訝になった。


「……そうだな。しかし、アニタが気に入ったのなら……あげてもいい」

「えっ!? そんな、滅相もないです」

「何故だ?」

「それは、その……私の住まいが、ですね。一応コルテス男爵邸なんですが、アカデミーにほぼ移してしまっている状態なんです」


 だからなんだ、とばかりにルシア様に睨まれた。


「つまり何が言いたいかというと、ルシア様の作品を受け取ることイコール、アカデミーに持って行ってしまう、ということになるんです」

「そのどこがダメなんだ」

「先ほどの私の反応を見ましたよね」

「あぁ」

「アカデミーでも同じような反応をする人がいると思うんですよ。だから……」


 見る人が見れば評価をし、さらに製作者を探すだろう。

 しかも、アカデミーに在籍している生徒ならともかく、教授連中に目をつけられたら最後。見つけるまで諦めないと思う。


「なるほど……面倒事になるということか」

「はい。早かろうが遅かろうが、いずれはそうなるかと」


 説明をし終えると、納得がいったような。でも、腑に落ちない様子だった。


 もしかすると、ディアス公爵邸観光ツアーが早々に終えたのは、そんな理由だったのかもしれない。病弱はともかく、ルシア様は噂通り、我が儘だったから。


 聞いていた程ではないけれど。


 私たちは、中庭にあるベンチに腰掛けた。

 綺麗に刈られた芝生。背の低い生け垣に小さな花壇。

 私室から見えた庭園ほどではなかったが、手入れが行き届いていた。


 建物に沿うように植えられている樹木。昨夜は遅くて分からなかったが、ディアス公爵邸は首都にありながら、緑が多かった。

 いや、囲まれていると言っても過言ではない。


 恐らく、目隠しのためだろう。王族に次ぐ地位を持つ、ディアス公爵家。立場ばかりか、命を狙われてもおかしくはなった。


 そんなことを思いながら、目の前にある建物を見上げる。昨夜、久しぶりに木登りをしたせいか、自然とそっちにも視線が移った。


 あの木は登り易そう。枝がちょうど真横に伸びて、座るにはピッタリ。

 ん? ピッタリ……?


 さらに視線を建物に向けると、窓が見えた。下からでは中の様子までは分からない。

 けれど、見覚えのある場所。窓の形。カーテンの色。


 ま、まさか。


 少しばかり横にずれる。


「アニタ、どこへ行く? 授業はこれからだぞ」


 冷ややかなルシア様の声に、私の顔は真っ青になった。

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