第11話 連日の墓穴

「は?」


 呆れたような、バカにしたような。そんな間抜けな声を、ルシア様は出した。

 けれど仕方がない。私はそのような身の上であったから、このディアス公爵邸に招かれたのだ。文句なら父親であるディアス公爵様に、後ほどおっしゃってもらいたい。


「何を言っている。アニタは男爵令嬢だろう」

「あっ、言葉が足らなくて申し訳ありません。私は元々、貴族ではありません。三年前に、コルテス男爵に引き取られて、そのままアカデミーに入学した次第です」


 まるで報告のような返答をしてしまったが、ルシア様は気にしていない様子だった。むしろ、繋いでいない方の手を顎に当てて、何か思案しているように見えた。


「なるほど、な。それで毛色が違うのか」

「……あの、もしも不快でしたら、このままお暇させていただいても――……」

「誰がそんなことを言った」

「けれど、私を貴族だと思っていらっしゃったのであれば、このような身の上の私を、不快に思われたのではありませんか?」


 さらにいうと、元平民の家庭教師に教えを乞うなどと、ヒステリーを起こしてもおかしくはなかった。もしくは幻滅されたか、のどちらかだろう。

 しかしルシア様の口調は、どちらかというと裏切られた、とでも感じるニュアンスだった。私の想い違いでなければ、少しだけ打ち解けられたように感じたからだろうか。不謹慎にも、少しだけ嬉しいと思ってしまった。


 けれどルシア様は我が儘である。そこを忘れてはいけない。私はそう聞いて、ディアス公爵邸に来たのだから。


「もう一度言うが、私はそんなことを言った覚えはない。違うか?」

「いえ、おっしゃる通りです」

「だったら、下らないことは言うな。あとその話は道中……いや、今日の授業で聞こう」

「えっ!」


 養父ではなく、私が話すの!? あの養女になるまでの経緯を……耳にタコができるほど聞いた話を、今度は私が……本当に?


「聞いてはマズい話なのか?」

「いえ、そういうわけではありません。ただ……」

「ただ?」


 何と言えばいいのだろうか。別に恥ずかしい話ではない。だからといって、素直に話すのは遠慮したいところでもある。

 誰が聞きたくもない話を、さらに自分の口から言いたいと思うのだろうか。ある意味、拷問に近かった。


「こ、心の準備が必要なのです」

「は?」

「白状してしまいますと、養女になってから、顔を合わせる度に聞かされていた話なので……その……だからといって、ルシア様が思うような、やましい話ではありません。そこは保障いたします」


 私はうつむきながら、ルシア様の返答を待った。

 おそらく、本日三度目となる「は?」から始まり、「そんなのはいいから、さっさと話せ」となるのだろう。そう覚悟をしたが、ルシア様の口から出た言葉は予想外なものだった。


「分かった。そんなにアニタが言いたくないのなら、私が直接父上から聞く。当然、父上はその話を知っているのだろう?」

「勿論です。その話が原因で呼ばれたのですから」

「ほぉ」


 ルシア様の不適な笑みに、私は後退あとずさる。けれど握られた手に力を込められてしまい、それ以上は下がることができなかった。


「えっと、その……公爵様はおそらく、ルシア様にやる気を出してほしかったのだと思います。だから山奥で暮らしていた、という変わった経歴の私を、家庭教師に選んだのではないでしょうか」

「なるほど。そっちもなかなか興味深い話だな」


 あれ? 私、なんかマズいことを言った? 言ったよね、これは。もしかしなくても、明らかに墓穴案件だ。どうしよう……。


 うぅ、と思いながらも、ルシア様の冷ややかな視線を受け止める。さらに横柄な口調と高圧的にも取れる態度。昨夜見た、ルシと似た容姿なのに、これ程までに違うとは。やはり別人だと思わざるを得ない。


 鏡写しのようなルシア様とルシ。長い睫毛までそっくりだ。と、感心している場合じゃないのよ、アニタ! 貴女は今、ピンチだってことを忘れないで!

 現実逃避をしたい気持ちは分かるけど!


 そうしている間にも、ルシア様は話を続けた。


「それも含めて父上に聞くとするか」

「あ、あの! 公爵様を責めないでください。この話を引き受けたのは、養父と私なのです。それから、養父に引き取られるまで山奥に住んでいましたが、アカデミーの学生であることは間違いありません! ですから……」


 経歴は詐称していません、と私は訴えた。ルシア様が知らないとはいえ、ここも疑われたくはなかったからだ。さらに、文句ならディアス公爵様におっしゃってほしい、とは思ったけれど、その内容が少し違うような気がして、心苦しくもあった。


「何を言っている。私がアニタを疑うようなことを、一言でも口にしたか?」

「……いえ、していません」

「家庭教師がつく度に確認を怠った。そのツケが回ってきただけのことだ。アニタが気にする必要はない」


 だけど、と思いつつも、ルシア様の言葉に内心、頷いた。

 昨日、部屋に通された時、ルシア様は誰が家庭教師に来ても、窓辺に座りやり過ごそうとしているのが、ありありと見えた。

 憎まれ口を叩いて、相手を怒らせて帰らせる。おそらくそうやって家庭教師を追い出していたのだろう。私が子どもだからとか、学生だとかは関係ない。皆に同じ態度を取っていた。


 それもまた、私の心を温かくさせる。横柄な態度だけど、誠実なルシア様に。だから余計なことだとは思いつつも、口に出した。


「それで親子喧嘩になってしまったら、私……」

「お……私にも非があるのだ。喧嘩にはならん」


 また『お』というルシア様。口籠ったわけではなさそうだし。どういう意味なのだろうか。


「それなら良いのですが」

「……何故、アニタが気にするのか、理解できないな。とにかくさっさと行くぞ。ここで時間を食ったからな」


 そうだ。授業は四時までと決まっている。邸宅の案内も含めると、確かに時間が惜しかった。


 私はまた、ルシア様に引っ張られるように廊下を進んで行く。この手はいつ、離してくれるのだろうか、と思いながら。

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