第10話 観光ツアーの始まり

 そうして向かえた二度目の授業。


「昨日の話の続きをしても、よろしいでしょうか」

「構わないが、その前に聞きたいことがある」


 部屋に入ると、ルシア様は私をじっと見つめた。

 昨日は邪魔だと言わんばかりの態度だったのに。


「何でしょうか」

「アニタ・コルテス、昨夜はどこにいた?」

「……用意された部屋におりました」

「本当か?」

「はい。夕食の席に間に合わないほど疲れていたので、ずっと寝ていました」

「……そのまま朝までか?」


 頷いて見せたが、納得していない様子だった。

 明らかに確信があって、そう聞いているのだろう。ならば、こちらが踏み込んでも、文句は言えないはず。


「逆にルシア様は、昨夜はどちらに?」

「何だと」

「私の所在を疑う、何かがあったのかと思いまして」


 さぁ、どうする?


「お……いや、私はずっと部屋にいた」


『お』って何だろう……。


「そうですか……なら、今日の授業は外でしませんか?」

「は? 何を言っている」

「別におかしくはないと思いますよ。私の授業に教材は必要ないですから。勿論、筆記用具も」


 身一つで十分なのだから。


 私が手を差し伸べると、さらに眉をひそめた。

 ルシア様の手が動く。


 これは叩かれるかな。そう覚悟した。


「場所は私が決める。来て早々、爆睡したのなら、ろくに案内されていないのだろう」

「あっ、そうですね。失念しておりました」

「物事をはっきり言う割には、そういうところはルーズなのだな、アニタは」

「思い立ったら吉日と言いますから」


 昨夜がいい例だ。

 お腹が空いたから、厨房へ。

 誰なのか気になったから、ルシの部屋へ。

 終いには、ディアス公爵家を知るために、友人に手紙を出してしまったのだから。


「ふん、口の減らない奴め」


 ルシア様ほどでは、と言おうとしたが、それよりも先に手を取られてしまった。正確には、奪い取るかのように掴まれたのだ。


 そのまま部屋の外へ。

 連行されるように、ディアス公爵邸の観光ツアーが始まった。



 ***



 現在、私たちがいるのは一階。主に公共用として使われているスペースだ。


 突然の来客でも対応できるように、ディアス公爵様の執務室や応接室、客間などがある。

 私に宛がわれた部屋が一階にあるのもそのためだ。


 ディアス公爵家のように、身分が高い貴族は、プライベートを見せないようにしているらしい。


 我がコルテス男爵家は成金だから、まだまだ混同しているところが多いけれど。

 山奥でお祖母様と一緒に暮らしていた私からしてみれば、アットホームな感じがして馴染み易かった。


「美術品の数が凄いですね」


 廊下に飾られている絵画や壺、彫刻品に、私は思わず声を上げた。


「興味があるのか? 説明が必要なら言え……」

「そういうわけではなく……」

「安心しろ、どれもこれも付き合いで購入した物だと言っていたから大したことはないのだろう。実際、中の絵よりも額縁の方が高いらしい」

「まさかっ!」


 驚きのあまり、壁にかけられている絵画に近づいた。ルシア様と手を繋いでいることも忘れて。


「た、確かに、この彫刻は凄いですね。何をどうしたら、こんな風に掘れるのか、全く分かりません」

「やはり興味があるのではないか」

「芸術は明るくないんです! けれど、行商人さんが持ってくる木彫りは自分でも作れそうだったので、幾つか試したことがあっただけで……」


 お金になるのなら、と思って始めたことだったが、意外と難しく。結局、飽きてやめてしまった。


「行商人?」

「えっと、公爵様から聞いていませんか? 私のこと」

「いや、何も」


 アッと私は手で口を塞いだ。

 そういえば初対面の時、『何だ、今度は子どもか』と言っていた。


「私、アカデミーに入る前は、山奥に住んでいたんです」

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