第10話 観光ツアーの始まり
そうして迎えた二度目の授業。
「昨日の話の続きをしても、よろしいでしょうか」
「構わないが、その前に聞きたいことがある」
部屋に入ると、ルシア様は私をじっと見つめた。昨日は邪魔だと言わんばかりの態度だったのに、どういうことだろう。
朝食の席で、ディアス公爵様もおかしなことを言っていた。ルシア様が私に気を遣った、と。それが何か関係しているのだろうか。それとも……いや、今は何を考えても仕方がない。私は早々に降参して、尋ねることにした。
「何でしょうか?」
「アニタ・コルテス、昨夜はどこにいた?」
「……用意された部屋におりました」
「本当か?」
「はい。夕食の席に間に合わないほど疲れていたので、ずっと寝ていました」
「……そのまま朝までか?」
頷いて見せたが、納得していない様子だった。さらにいうと明らかに確信があって、聞いているような気がした。それならばこちらも、多少踏み込んでも文句は言えないはずである。
「逆にルシア様は、昨夜はどちらにいらっしゃいましたか?」
「何だと」
「私の所在を疑う、ということは、何かがあったのかと推測するのは、おかしなことではないと思います」
さぁ、どうする?
「お……いや、私はずっと部屋にいた」
『お』って何だろう……。
「そうですか……あっそうだ、今日の授業は外でしませんか?」
「は? 何を言っている」
「別におかしくはないと思います。私の授業に教材は必要ありませんから。勿論、筆記用具も」
身一つで十分なのだ。ディアス公爵様に頼まれたのは、ルシア様のやる気。けれどルシア様自身はそのことを知らない。だから手を差し伸べたのと同時に、訝しげな表情をさらに濃くされた。そして眉を
これは叩かれるだろうな。
けれど私は手を引っ込めることはしなかった。もう一つの可能性に賭けたのだ。
「行く場所は私が決める。来て早々、爆睡したのなら、ろくに案内もされていないのだろう」
ルシア様は私の手を奪い取るように掴んだ。その予想外な行動に、言葉を詰まらせる。
「あっ、そ、そうですね。失念しておりました」
「物事をはっきり言う割には、そういうところはルーズなのだな、アニタは」
「思い立ったら吉日と言いますから」
昨夜がいい例だ。
お腹が空いたから、厨房へ。
誰なのか気になったから、ルシの部屋へ。
終いには、ディアス公爵家を知るために、友人に手紙を出してしまったのだ。
「ふん、口の減らない奴め」
ルシア様ほどでは、と言おうとしたが、それよりも先に体が傾いた。正確には、手を繋いだルシア様が扉の方へ向かって歩き出してしまったのだ。
私とルシア様はそのまま部屋の外へ。まるで連行されるように、ディアス公爵邸の観光ツアーが始まった。
***
現在、私たちがいるのは一階。主に公共用として使われているスペースだ。
突然の来客でも対応できるように、ディアス公爵様の執務室や応接室、客間などがある。私に宛がわれた部屋が一階にあるのもそのためだ。
ディアス公爵家のように、身分が高い貴族は、プライベートを見せないようにしているらしい。
我がコルテス男爵家は成金だから、まだまだ混同しているところが多いけれど。山奥でお祖母様と一緒に暮らしていた私からしてみれば、アットホームな感じがして馴染み易かった。
「美術品の数が凄いですね」
廊下に飾られている絵画や壺、彫刻品に、私は思わず声を上げた。
「興味があるのか? 説明が必要なら言え……」
「そういうわけではなく……」
「安心しろ、どれもこれも付き合いで購入した物だと言っていたから大したことはないのだろう。実際、中の絵よりも額縁の方が高いらしいからな」
「まさかっ!」
驚きのあまり、壁にかけられている絵画に近づいた。ルシア様と手を繋いでいることも忘れてズカズカと。
「た、確かに、この彫刻は凄いですね。何をどうしたら、こんな風に掘れるのか、全く分かりません」
「やはり興味があるのではないか」
「芸術には明るくないだけです! けれど、行商人さんが持ってくる木彫りは自分でも作れそうだったので、幾つか試したことがあっただけで……」
お金になるのならば、と思って始めたことだったが、意外と難しく。結局、飽きてやめてしまった。
「行商人?」
「えっと、公爵様から聞いていませんか? 私のことを」
「いや、何も」
あっと私は手で口を塞いだ。そういえば初対面の時、『何だ、今度は子どもか』と言っていた。
それにルシア様は、これまでもたくさんの家庭教師を追い出してきた人物である。興味がないのは明らかであり、どのような人物が来ることなど、知ろうとする方がおかしかった。
そんな簡単なことにも気づけなかったなんて……いや、私も人のことが言えた立場ではなかった。
家庭教師としてディアス公爵邸にやって来たというのに、私はこの家のことを事前に調べずに来てしまったのだ。ルシア様が病弱で我が儘だということと、家庭教師が次々に辞めている、という情報のみで。
それならば、改めて自己紹介をしよう。
「実は私、アカデミーに入る前は、山奥に住んでいました」
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