第19話 もう一人の魔女の存在

「鋭いな」

「いえ、単純なことです。ザカリー様がいくら優秀でも、年齢的に、いえ時間的にもレルシィ病について、詳しく調べることができないと思いました。けれど、この邸宅には人が沢山いますので」

「なるほどな。理屈は通っているが、それだけで思い至ったのか」


 はい、と頷くと、ザカリー様は顎に手を当てて、思案し始めた。


「アニタは、その者を知ってどうする」

「勿論、協力を求めます」

「……何故だ?」

「その者は、ルシア様の病状を把握しています。今の私たちに、いえ私に必要なのは、その情報だと思いませんか?」


 勿論、一番必要なのはレルシィ病の情報だ。しかし、それと同時に八年もの間、ルシア様の体をむしばんでいる、病の進行過程も知っておかなければならない。


 適切に処置するには、正確な情報が必要だ。悪化させないためにも。


「……言っていることは分かるんだが」

「そんなに言えない。言い辛い人物なんですか?」

「いや、言っても支障はない。が、その者は仲介人なんだ」


 仲介人だったら、尚更渋る必要はない、と思うけれど。もしかして――……。


「その者は、魔女の仲介をしている方ですか?」

「……あぁ。だが、何故そう思った」

「初めてお会いした時、ルシア様が私を魔女だと言ったから、でしょうか」


 あの時『絵本で見た魔女』とルシア様は言っていた。そう、魔女というのは、空想上の生き物だ。


 なのに、いとも簡単に口から出たのは、身近に感じる存在だったのではないか、と思ったのだ。そう、たとえば――……。


「レルシィ病の進行が遅いため、魔女から貰った薬を服用しているのではないか、と疑わざるを得ませんでした」

「なるほどな。確かにアニタも魔女だから、そう考えてもおかしくはない、か。しかし、魔女にも色々あるだろう」

「お気遣いありがとうございます。けれど、その必要はありません。元々、交流する間柄ではないんです。魔女というのは」


 お祖母様と住んでいた頃だって、訪ねてきた魔女は片手で数える程。アカデミーで知り合った魔女もいるけれど。

 恐らく彼女は関わっていないだろう。


 その証拠に昨夜、頼んでおいたディアス公爵家の情報が届けられた。


 勿論、その中にザカリー様の名前があったのは、いうまでもなく。安易に引き受けた上、下調べをしないでやってきたことに、私は大いに後悔した。

 自棄やけになってふて寝したい気持ちを抑えながら、友人に次の頼みごとをした。


『レルシィ病について、詳細な情報を求む』


 今夜、返事が届くことはないだろう。


「ですから、その仲介人を教えてください」

「分かった。執事のドルーだ」

「え? 男の方ですか?」


 意外な答えに、私は面を食らった。


「そんなに驚くことだったか?」

「はい。ルシア様の食事をメイドが運んでいたので、てっきりその方だと思っていました」

「見たのか。まぁ、それについては言及しないでおこう」


 あっ、もしかして、墓穴案件だった?


 ザカリー様の呆れ顔に、私は身を引きそうになったのを、グッとこらえた。


「今度は俺の番だからな」


 何が? と思っている間に、ザカリー様は言葉を続ける。


「一つ、何故、父上にバレていないと思う?」

「それは公爵夫人が……」

「もう何年も邸宅にいない母上が、どうにかできると本気で思っているわけではないだろう」


 そんな風に言われると、言葉に詰まる。


「父上が疑ったり、探ろうとしたりした場合、執事であるドルーが、上手く対応してくれているんだ」

「ザカリー様がルシア様の姿をしていても、ですか?」

「あぁ。さすがに父上と対面している時は、ドルーに代弁させている」


 てっきり、ルシア様のような口調でお話しされているのかと……無理だ。想像できない。


「二つ、俺がいるのに、使用人がルシアの世話をしているのは何故だと思う?」

「それも公爵夫人が命令……していても、限界はありますよね」

「無論だ。すぐにバレる。だが、邸宅内の使用人を取り仕切っている、ドルーなら可能だ」


 養子先である、コルテス男爵家にも執事がいる。

 たまにしか帰らないが、彼がいなければ邸宅が回らない。一応、それくらいは知っている。


「三つ、俺が一人でこんな格好ができると思うのか」

「えっ! ご自分でされているのではないのですか!?」

「できるか!」


 本日、一番のお叱りを受けた。

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