第20話 魔女の仲介人

 その日はさすがに、ドルーを呼び出すことができなかったため、授業という名の作戦会議は終了した。

 いや、作戦会議というのは、微妙に違うのかもしれない。特に今日なんて、ただの話し合いだ。

 具体的な案さえ出たわけではない。


 その原因は、私もザカリー様も情報不足だったからだ。


「せめて今夜、リノから連絡が来るといいんだけど」


 リノ・イグレシアス。アカデミーにいる私の友人であり、魔女仲間の名前。

 優秀なのだが、気分屋で。さらに生粋の芸術肌の持ち主だった。


「昨夜みたいに乗り気だといいんだけど……こればかりは、ね」


 期待していなくても、気持ちがはやる。

 明日の授業にはドルーを連れて来る、そうザカリー様は仰っていた。

 ならば余計に、こちらはレルシィ病の情報を持って行きたい。


 何度も公爵家の執事を授業に呼ぶわけにもいかないから。


「だからといって、どうにかなるわけでもないし」


 私は自室のカーテンを開けて、外を眺める。

 ディアス公爵邸に来てから、初めてゆっくり過ごす夜。そのせいか、妙に落ち着かなかった。


 窓を開けて、視線を空に向ける。

 どこにいても変わらないはずなのに、山奥と違って遠く感じる、首都の夜空。


『星を読んで行く道を示せ。さすれば、それを求める者がやってくる』


 そう、おかしなことを言ったお祖母様の言葉を思い出す。


『自分のために星を読むんじゃないの?』

『巡り巡れば、自分のためになる。星を読んでも、自分の道は示せないからね』

『だから、誰かのために読むの?』

『いや、読みたいから読むんだよ』


「星読みの魔女……か」


 結局、お祖母様から継承しても、すぐにコルテス男爵に引き取られたから、そのお役目は果たしていない。

 アカデミーに行ってからも、忙しくて星を読むことはなかった。でも――……。


「求める者、か」


 誰かは分からないけれど、何かを引き寄せてくれるのなら……。


 数多ある星の輝きを結び、形を作る。それらは生き物であったり、物だったりしながら、私に教えてくれる。


『アカデミーへ』


 それを『誰』が求めているのだろうか、と思いながら。



 ***



 星を読んだ次の日は、必ず雨が降る。

 これでは『求める者』など、来るのだろうか。

 しかし、お祖母様は決まってこう言う。『大丈夫。これは合図なのさ』と。


 それは一体、誰に対してなのだろう。


 まさかその答えを、ディアス公爵家の執事に教えてもらうことになるなんて、思ってもみなかった。


「失礼致します」


 午後二時。私はルシア様の、いやザカリー様の授業を行うために用意された部屋に入る。


 いつものように窓辺で片肘をつくザカリー様の姿。

 男の子とは思えないほどの美しい金髪を高く結い上げ、紺色のワンピースをお召しになっている。


 当たり前のことだが、私に男だとバレても、日中のザカリー様はルシア様の格好をしている。ただ、今日のようにシックな色ばかり見るのは気のせいだろうか。


 気だるそうな青い瞳を向けられ、私は思考を止める。


 初めて会った時から美しいと思っていた顔に、笑いかけられたのだ。


 私が男だったら、惚れていたわ。いや、相手は男の子だけれど。


「よく来たな、アニタ」


 さらに私の元に来るザカリー様。初日とは違う対応に、私の表情も自然と緩んだ。


 気難しい猫が、ようやく懐いてくれた。そんな感じだろうか。


「こいつが昨日話した、執事のドルーだ」


 先ほどまでザカリー様がいた窓辺の近くに、眼鏡をかけた中年の男性が立っていた。


 見るからに姿勢の良い佇まい。洗練された背広姿。

 養父よりも、ドルーの方が貴族なのではないかと思えるほどだった。


 しかし、忘れてはならない。そう、彼は――……。


「初めまして、星読みの魔女」


 魔女の仲介人だということを。

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