第26話 庭園デート?

 やって来たのは、ディアス公爵邸の庭園。

 リノの歌声も、ここならば届かないだろう。


 しかし本当の理由は、私がどうしても来たかったのだ。

 ここ一カ月。薬の調合で、部屋に籠りっぱなしだったから、というのもある。窓から見える庭園が、とても眩しく見えたのだ。


 ザカリー様に頼むと、日傘を渡された。外は見るからに暑い日射しに覆われている。夏真っただ中だった。


 庭園に入ってしまえば日陰はあるが、その道中はない。

 山育ちの私は平気だけど、ルシア様の格好をしたザカリー様が、日傘を差さないのはおかしいような気がした。


 私は傘を広げて、ザカリー様を中に入れる。

 すると、不満げな顔を向けられた。


 え? 何で?


「俺には必要ない」


 そう言って、反対側に回り込まれ、さらに空いている手を取られてしまった。

 これではザカリー様に傘をかけられない。


「ですが、今はまだルシア様なのですから、必要だと思います」

「さっきのルシアを見れば、俺がこんなことをしていても、誰も疑わないだろう」

「あっ。でも、淑女としてのたしなみが……」

「ならば余計、アニタが持つべきではないのか。今は男爵令嬢なのだから」

「そ、そうでした」


 リノが傍にいたから、ついつい忘れていたが、私も淑女の一人。


「すみません。まだ慣れていなくて」

「貴族に、か?」

「はい。これからもアカデミーにいるつもりなので、そういう教育は受けませんでした。必要ないと思って」


 するとザカリー様は、溜め息を吐いた。


「アカデミーにいても、必要な教育だぞ。なんなら、俺が教えてやろうか。ルシアの振りをするのに学んだからな」

「え?」

「心配するな。アニタに割く時間はある」


 ほら、と取った私の手を表に返して、自らの手の上に乗せる。


「さすがにこの格好で、腕に手を回せとは言えないからな」

「ありがとうございます」


 ぶっきらぼうに言いつつも、照れた表情でエスコートしようとするザカリー様。その姿は、どこか先ほどのルシア様と重なる。

 ふふふっと笑うと、みるみる内に怪訝な顔へと変化した。


「何だ?」

「いえ、ルシア様と似ていると思いまして」

「当たり前だろう。今は特に、ルシアの格好をしているのだから」

「外見ではなく中身も、という意味です」

「それは……下らんことを言っていないで、行くぞ」


 乗せていた私の手を再び掴んで、ザカリー様は歩き出した。

 エスコートのことなど頭から抜けてしまったかのように。



 ***



「それで、ルシアの状態はどうなのだ」


 庭園に入りしばらくたった頃、神妙な顔で尋ねられた。

 回りは背の高い垣根に囲まれていて、誰かに聞かれる心配はない。


「あと一カ月もすれば完治すると思います」

「一カ月……」

「はい。薬の他に、食事もしっかり摂られていますし、少しばかりの運動もなさっているからでしょうか。リノの歌も相まって、目覚ましい回復を見せています」

「そうか」


 長いことルシア様の振りをなさっていたからだろうか。安堵した表情を見せているが、どこか複雑な様子だった。


 無理もない。あと一カ月で、本来のザカリー様の姿に戻られる。嬉しい反面、生活の変化に戸惑っておられるのかもしれない。


 私はザカリー様の手を引き、近くにあったベンチに誘導した。


「少し横になってみませんか?」

「よ、横だと!」

「はい。ここならゆっくりできますし、たまには気を楽になさった方がいいと思います」


 動揺するザカリー様を余所に、私はベンチに座った。

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