第27話 初めて尽くし(ザカリー視点)

 ベンチの端に座り、隣を叩くアニタの姿に、俺は固まった。


 横になれ、だと。その意味を分かって言っているのだろうか。


「ザカリー様、遠慮なさらないでください」


 いや、普通するだろう、ここは。

 いくら俺の方が年下……アニタからしたら子供なんだろうが。一応、男だぞ。

 こんな格好をしているが。


「大丈夫です。誰も見ていませんから」


 それもそれで問題だ、と言いたいのを我慢していると、急に体が浮いた。

 瞬時に魔法だと気づいた。が、ここで慌てたり、叫んだりするわけにはいかない。


 アニタは魔女だ。魔法に怖がったと思われたくなかった。さらに言うと、格好悪い姿も。


 俺は口をつぐみ、目を閉じた。

 すると、頭部に柔らかいものが当たったような感触がした。


「すみません。驚かれましたよね」

「……あ、あぁ」


 恐らくアニタは魔法のことを言っているのだろう。しかし、驚いたのはそれだけではなかった。


 目を開けた瞬間、普段よりも近いアニタの顔がそこにあったのだ。見下ろされているのは、いつものことなんだが……。

 それでも……!


「アニタやリノが魔女だと知っていても、あまり魔法を目にしたことがなかったからな」


 冷静に言ったつもりだったが、震えていなかっただろうか。


 心配になり、そっとアニタの顔色を窺った。


「そうですね。私たちは魔女だと知られないように、とうるさく言われていましたから。人前で魔法を使うことは、滅多にしません」

「だ、だったら何故、使った」

「うーん。手を引くと怪我をしそうだと思ったからです。あと、自力で持ち上げるのは、さすがに無理かな、と。いくら女の子の格好をしていても、ザカリー様は男の子ですから」


 い、一応、認識されていたのか。


「分かっているのなら、あまりこういうことをするのは、どうかと思うぞ」

「嫌でしたか?」

「そ、そういう問題ではない」


 顔を背けるように、頭を横向きにした。


「そもそもアニタは、誰にでもこうするのか?」

「まさか。お祖母様にしてもらったのを思い出したんです」

「確か、コルテス男爵に引き取られるまで、共に住んでいた者、だったか」


 アニタがディアス公爵邸に来た次の日。中庭で話し込んだ後、俺はドルーを捕まえて、父上の執務室を訪ねた。



 ***



「旦那様。ルシア様が新しく来た家庭教師の方について、お話を聞きたいとのことです」


 いつものように、ドルーが俺の言葉を代弁する。


「何かあったのか」


 俺は首を横に振り、違うと意思表示した。


「どのような経緯で雇われたのか、知りたいと」

「はぁ。相変わらず自分の口を使わないのだな」


 使えるわけがないだろう。口を開いた途端、ルシアではないと、すぐに気づかれる。


 再び溜め息を吐く父上。しばらく流れる沈黙。次に言葉を発するのは、いつも決まっていた。


「まぁいい。お前が家庭教師に興味を持つことなどなかったのだからな。とりあえず座りなさい」

「ルシア様」


 ドルーに促されて、執務机に一番近い椅子に座った。


「いつもとは違う家庭教師を雇えば、こうして反応は示すだろうとは思っていた。抗議しに来ると、な。しかしやってきたのは、二日後。それも午後だ。少しは私の目論見通りになった、と思っていいのだろうか」

「はい。お気に召した、とまではいかないようですが、多少は」

「そうか。私の努力も報われたのだな」


 机に肘をつき、父上は目尻を抑えた。

 俺はそれを無視してドルーに視線を送る。先を促せ、と。


「旦那様。夕食の時間も控えておりますので」

「そうだったな。アニタ・コルテスを雇ったのは、彼女がアカデミーの首席だからだ」


 首席……首席だと!?


 確かに、そこら辺の貴族ならいざ知らず。このディアス公爵家の、それも王子の婚約者候補の家庭教師だ。


 まぁ、それくらいの肩書きは必要だろう。しかし、アニタが首席……か。

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