第28話 身の振り方(ザカリー視点)

 その後、アニタが渋っていたコルテス男爵の成り上がり話や、養女の件などを聞いた。

 アニタを家庭教師に選んだ、父上の意図も。


 色々としゃくに障ることはあったが、結果として、その采配は正しかった。父上の思惑通りではないが。


 それでも父上がアニタを呼んでくれたのは、幸いだった。

 こ、この状況に、けして喜んでいるわけではない、とだけ言い訳しておこう。


 俺は横になったまま、頭上にいるアニタに向かって質問を投げかけた。


「アニタはアカデミーを卒業したら、どうするんだ?」


 ルシアの治療が済めば、アカデミーに。

 普通の貴族令嬢ならば卒業後、結婚相手を探す。だが、アニタは魔女だ。

 貴族の常識に当てはめていいのだろうか。


 しかし、養父であるコルテス男爵は貴族になったばかりだ。これから手広くするならば、アニタを結婚市場に売り込む可能性もあるのではないだろうか。


「教授になりたいと思っています」

「教授?」


 思わずアニタの方に顔を向けた。何故か困った表情をしている。


 そんなおかしな質問をしただろうか。


「はい。実は今回の件が上手くいったら、その後押しをしてくれる約束を養父と取り交わしていたんです」


 なるほど、と俺は手を伸ばした。

 初めて触るルシア以外の女性の頬。


「それならば、間違いなく教授になれるだろう。我がディアス公爵家も後押しするのだから」

「え? それは在学中というお話では……」

「卒業前にするのだから、在学中だろう」

「でも、それはサポートというか、フォローの範囲を越えていませんか?」


 俺としては越えていないと思うのだが、過多かただっただろうか。


「アニタがキッカケで、我が家の在り方が元に戻るんだ。そのくらいしても、父上は何も言わない」

「しかし……」

「好意……いや、善意が過ぎるというのなら、本当に家庭教師をしてみないか?」

「え?」


 俺は起き上がり、アニタの横に座り直した。


「ルシアの家庭教師として、だ。今いる家庭教師たちは、俺が“ザカリー”に戻るためのものだが、ルシアにはいない。俺が戻った時、ルシアに教養が備わっていないと怪しまれる。だから」


 ルシアが懐いているアニタが適任だと感じた。授業中に何かがあっても、病状を一番把握しているアニタが傍にいるのは心強い。


 何よりその分、アニタはここにいられる。


「完治するまでと言ったが、その、引き延ばせないだろうか」

「無理ではありません。ルシア様は病の説明や薬のことまで、きちんと理解できるほど聡明な方ですから。短期間でも、問題はないと思います」


 つまり、完治するまでにルシアの教育課程は終える、と言っているのだろうか。

 侮っていたわけではないが、さすがアカデミーの首席と言うべきか。


「……そういう意味ではないのだが」

「え? けれどこの方が、都合がいいと思うんです。ザカリー様もルシア様も、そろそろ学校に通われる年齢にもなりますし。あっ、公爵家ともなると、必要ないのでしょうか?」

「……いや、それは自由だ。行きたくなければ家庭教師で済ませることもできるし。周りとの交流を深めたければ、通学も……」


 通学? そうか、その手もあったか。


「アニタ。俺の今の成績で、アカデミーに入学することは可能か?」

「アカデミーですか!? その、ザカリー様の成績を知らないので、お答えするのは」

「そう、だったな。済まない。気が急いでしまった」


 これは、今いる家庭教師たちに聞くしかないか。


「アカデミーへの入学を希望されているのですか?」

「元々、どこかの学校に通うつもりだったんだ。ルシアの振りが長かったからな。友人と呼べる者がいないのは、これから社交界で生きていく上では都合が悪い」

「そうでしたか。でしたら、アカデミーは最適な場所だと思います。他の学校は社交界の縮図のような場所ですが、アカデミーはその要素が薄いですから。ザカリー様にはよろしいかと」

「……アニタは嫌ではないのか?」


 水を差したくはなかったが、聞いておかなければならない案件だった。


「むしろ大歓迎ですよ。その頃になれば、私も教授になっていると思うので、今度は私がサポート致します!」

「そ、そうか」

「はい。楽しみにしています」


 嬉しそうに笑うアニタに両手を取られ、俺は俯いた。

 顔が熱くて堪らなかったからだ。

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