第7話 ルシア様に似た少女

 どういうこと?


 私は部屋に戻りながら、先ほど見たルシア様とおぼしき少女を思い浮かべる。


 絹のように流れる金髪。少しばかり影のある青い瞳。

 日中見た姿と変わらないのに、違和感が生じる。


 そうだ。線の細さが違う。さっき見た少女は儚げで消えてしまいそうだった。

 しかし日中の姿は違う。気だるそうだったが、生気を感じる。とても力強い。


 私はきびすを返した。もしかしたら、見間違えたのかもしれない、と思ったからだ。


 エントランスからディアス公爵様の執務室。授業用の部屋。私室からの厨房。そのどれもが一階にあった。

 先ほどの部屋は二階。そんなに時間は経っていないから、灯りは点いているだろう。


 私は屋敷の周りを歩きながら、その部屋を探した。勿論、魔法で姿は消しているから、不審に思われることはない。


 ざっと見ても、二階には幾つか灯りが点いている部屋があった。角、中央にそれぞれ一つずつ。

 廊下の隅ではなかったから、ほぼ中央にある、あの部屋で間違いないだろう。


 私はその真下に近づいた。


「さて、どうしようかな」


 風魔法で飛ぶことはできるけど……。


 近くにある木が目に入った。コルテス男爵の養女となってから、していなかった木登り。

 お祖母様が生きていた頃は、よくやっていたことを思い出して、私は木に足をかけた。


「よっ、とっ!」


 誰も見ていないとはいえ、公爵邸で木登りなんて、養父が見たら卒倒しそうだ。


 木の枝に座りながらふふふっ、と笑っていると、意外なところから声をかけられた。


「誰か、いるの?」


 澄んだ声と共に、目の前の窓が開く。カーテンの間から見える金髪。月の光に照らされて、輝いているように見えた。


 幼さの残る青い瞳が、見えない私を探している。


「鳥さん? ううん。こんな時間にいるはずがないわよね」


 なるほど、僅かに聞こえた音で、鳥だと判断したのか。

 誤解してくれた方が、こっちとしても都合がいいし、このまま立ち去れるんだけど……。


 あまりにも目の前の少女が寂しそうにしていたから、つい。


「こんばんは。鳥じゃなくてごめんなさい」


 私は姿を晒した。

 それも、少女と同じ十五歳の姿で。



 ***



「綺麗~」

「え?」


 思いがけない言葉に私は戸惑った。だって、見るからに綺麗なのは、そっちの方だったから。


「あっ、ごめんなさい。貴女の茶色い髪が、ちょうど逆光になって輝いて見えるの。少し陰った顔から覗く黄色い瞳も綺麗で。だから、その……」

「ま、待って」


 何、その口説き文句みたいな言葉は。吟遊詩人にでもなれるよ……じゃなくて、黄色い瞳?


 私は咄嗟に、顔に手を伸ばした。すると、あるはずの物がない。


 あぁ、そうだった。忘れていた。木登りをするのに邪魔だから、眼鏡を外したんだった。


「その、驚かないの?」

「……ふふふっ。勿論、驚いたわ。でも、綺麗なものは綺麗なんですもの。貴女とお話ししてみたい欲求の方が勝ったみたい」

「それなら、部屋に入ってもいい?」

「え?」

「ここだと、ほら。声も漏れるし、誰かに見つかる可能性があるから」


 私は二階の端にある部屋を見た。未だに灯りが点いている。

 少女がいる部屋の両隣だって、空き部屋かどうかも怪しい。


「あら、ごめんなさい。気がつかなくて」


 私の視線を追うまでもなく、少女はすぐに窓から離れたところに移動した。

 少しは疑ったら、と思いつつも、そう言っていられる立場でもない。

 私は風魔法を使って、少女の部屋に飛び移った。


「わぁ。もしかして、魔女さん?」


 その言葉に私はビクッとなった。


 まとっていた風が、少女の元に届いたのだろうか。ジャンプした瞬間、気づかれない程度に使ったつもりだったんだけど。


「まさか。そんなわけないでしょう」

「えー。そうかなぁ。絵本で見た魔女さんって感じなんだけど」


 どんな魔女よ!

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