第7話 ルシア様に似た少女

 どういうこと?


 先ほど覗いた部屋から離れて、私室に戻りながら、その中にいたルシア様とおぼしき少女を思い浮かべた。


 絹のように流れる金髪。少しばかり影のある青い瞳。日中見た姿と変わらないのに、違和感だけが生じてならなかった。あれは本当にルシア様なのかと、未だに自問自答してしまうほどに。


 何が違う? その違和感は何だった? 思い出せ。思い出すのよ、アニタ!


 日中の明るい部屋にいたルシア様と、暗い月明かりが差し込んだ部屋にいたルシア様。


 その違いは……線の細さだ。

 さっき見た少女は儚げで、今にも消えてしまいそうな雰囲気をまとっていた。けれど日中に見たルシア様は気だるそうだったが、とても力強い生気を感じた。病弱だと聞いていたのにもかかわらず、頼もしいと思えるほどの生気。


 その途端、私はきびすを返した。もしかしたら、見間違えたのかもしれない。規模の違いはあれ、それぞれ家には秘密がある。一人一人にもあるように。

 そう、私自身も養父に秘密にしていることがある。だから、あの少女もまたディアス公爵家の秘密なのだろう。


 それを暴く権利など、私にはないが……見てしまった以上は気になる。これから、どのくらいディアス公爵家に滞在するのかは分からないけれど、ルシア様に会う度に思い出してしまいそうだったからだ。そして……尋ねてしまうことだろう。


「あの少女は誰ですか?」


 私はハッとなって辺りを見渡した。どうやらいつの間にかエントランスに来ていたらしい。二階に戻ったつもりだったのに、逆に離れた位置に来てしまうなんて。


「はぁ」


 私はため息を吐いた。おそらく、直接訪ねる勇気がないから、無意識に足が遠のいてしまったのだろう。


 だって怖いもの。それによって何が出てくるか分からないし、何より私の今後の進退も……知った途端、追い出されるのではないだろうか。


 だけどこのまま我慢できる? いや、それもまたできなかった。だったらやることは一つ。私はこのまま屋敷の外へ出て、裏庭に向かって歩みを進めた。


 理由は簡単だ。ルシア様らしき少女の部屋に直接行かなくても、広いディアス公爵邸ならば、遠くから眺めることができると思ったのだ。中の構造は分からなくても、私には魔法がある。ある程度の場所が分かれば、まぁ何とかなるだろう、と。


 私は裏庭に向かいながら、壁沿いに歩いた。なにせディアス公爵邸は広い。加えて夜ということもあり、今日通った道を思い出しながら、屋敷の内部を想像した。

 玄関扉からエントランスに入り、すぐにディアス公爵様の執務室に通されたこと。次に授業用の部屋。私室から厨房。そのどれもが一階にあったから、容易に想像ができた。


 さらに先ほどの部屋は二階にあるため、私は顔を上げて確認をする。一階と違って二階以上は、屋敷の主であるディアス公爵様のご家族のプライベート空間。つまり、一階よりも二階の方が使用されている部屋が少ないことを意味していた。


 数ある部屋から少女の部屋を、しかも外から探すのは容易なことではない。けれど夜が私の味方をしてくれた。そう、灯りだ。

 そんなに時間が経っていないことも幸いして、すぐにその部屋を見つけることができた。


 二階で灯りが点いている部屋は、角と中央にそれぞれ一つずつ。廊下の隅ではなかったため、ほぼ中央にある、あの部屋で間違いないだろう。


 私はその真下に近づき、顎に触れる。向かい側の建物と、近くにある大きな木を交互に見つめた。


「う~ん。どうしようかな」


 風魔法で飛ぶことはできるけど……向かい側の建物が、どのようなものか分からない以上、迂闊に侵入するのは危険だった。近くに大きな木がなければ、挑んでいたと思うけれど、わざわざそんなリスクを冒す必要がなさそうで良かった。


 まぁ、あるとしたら大目玉を食らいそうだ、ということくらいだ。誰にって。それは勿論、養父にだ。私がディアス公爵邸の敷地で木登りをしました、と知られたら卒倒しかねない。


 けれど私にはもう一つ、懸念事項があった。コルテス男爵の養女となってから、木登りをしていないのだ。

 お祖母様が生きていた頃は、よくやっていたが、すぐにアカデミーに入学したからやる機会がなかったのだ。いや、そもそも貴族令嬢が木登りなど……なんとなくだが、してはいけないような気がした。ともあれ、私は昔の感覚を思い出しながら、木に足をかけた。


「よっ、とっ!」


 考えてみれば、木登りなどしなくても、一気に風魔法で飛び移ればよかったのだと、目的の高さにまで登った後に気がついた。思わず木の枝に座りながら、ふふふっと笑った。


 なんて間抜けなんだろう。少女のことよりも、本当は木登りをしたかったのではないのか、と思っていると、意外なところから声をかけられた。


「誰か、いるの?」


 澄んだ声と共に、目の前の窓が開く。カーテンの間から見える金髪が月の光に照らされて、輝いているように見えた。その奥から覗く愛らしい青い瞳が、見えない私を探している。


「鳥さん? ううん。こんな時間にいるはずがないわよね」


 なるほど、僅かに聞こえた音で、鳥だと判断したのか。誤解してくれた方が、こっちとしても都合がいいし、このまま立ち去ってもいいのだけれど……あまりにも目の前の少女が寂しそうにしていたから、つい。


「こんばんは。鳥じゃなくてごめんなさい」


 私は姿を晒した。それも、少女と同じ十五歳の姿で。



 ***



「綺麗~」

「え?」


 思いがけない言葉に私は戸惑った。だって、見るからに綺麗なのは、そっちの方だったからだ。


「あっ、ごめんなさい。貴女の茶色い髪が、ちょうど逆光になって輝いて見えるの。少し陰った顔から覗く黄色い瞳も綺麗で。だから、その……」

「ま、待って」


 何、その口説き文句みたいな言葉は。吟遊詩人にでもなれるよ……ではなくて、黄色い瞳?


 私は咄嗟に、顔に手を伸ばした。すると、あるはずの物がない。


 あぁ、そうだった。木登りをするのに邪魔だから、と眼鏡を外したのだ。それを忘れるなんて、なんという失態。これでは少女に私という人間の印象を植え付けてしまう。なにせ黄色い瞳は人目を引くからだ。


「その、驚かないの?」

「……ふふふっ。勿論、驚いたわ。でも、綺麗なものは綺麗だから。貴女とお話ししてみたい欲求の方が勝ったみたい」

「……それなら、部屋に入ってもいい?」

「え?」

「ここだと、ほら。声も漏れるし、誰かに見つかるとマズいのよ」


 私は二階の端にある部屋を見た。未だに灯りが点いている。少女がいる部屋の両隣だって、空き部屋かどうかも怪しい。


「あら、ごめんなさい。気がつかなくて」


 私の視線を追うまでもなく、少女はすぐに窓から離れたところに移動した。少しは疑ったらどうなの? と心配に思いつつも、そう言っていられる立場でもない。私は風魔法を使って、少女の部屋に飛び移った。


「わぁ。もしかして、魔女さん?」


 その言葉に私は思わず体を震わせた。

 纏っていた風が、少女の元に届いたのだろうか。ジャンプした瞬間、気づかれない程度に使ったつもりでいたのだけれど、もっと警戒するべきだっただろうか。


「まさか。そんなわけがないでしょう」

「えー。そうかなぁ。絵本で見た魔女さんってそんな感じだったけどな」


 どんな魔女よ!

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