第2話 ディアス公爵様の都合

 養父曰く、ディアス公爵様にお声をかけていただいたのは、今回が初めてだという。

 そもそも我がコルテス家は男爵。ディアス公爵様に話しかけられること自体、あり得ないことだった。

 だから養父が舞い上がるのも理解できるし、家族の話題は挨拶にちょうどいいのも分かる。同じ父親同士というのも相まって、娘談義に花を咲かせたのだと容易に想像がついた。


 けれどその話から何故、私が家庭教師になるのだろうか。それも……。


「私は男爵令嬢です。それも養女という立場。貴族の生まれではありません!」


 あの話をしたのなら、分かっているはずだ。


「どこの馬とも知れない者を、公女様の家庭教師にするなんてあり得ないでしょう」

「信じたくない気持ちは分かる。私も耳を疑ったほどだ」

「でしたら!」


 どうして引き受けたのですか!


 まくし立てたい気持ちをグッとこらえた。


「公爵様も悩んでおられたのだ。何人もの家庭教師を公女様につけたが、お気に召されなかったのだと。だから今度は、アカデミーの学生にしてみようとお考えになられていたところに、私がアニタの話をしたため、ちょうどいいと思われたらしい」

「……つまり、始めからそのつもりでお養父様に近づかれた、ということですか?」

「そのようだな。アニタがアカデミーの首席であることはご存知だったし、その後の手配まで、急に決まったとは思えない速さだった」


 なるほどね、と私は目を閉じる。これですべて辻褄があったからだ。


 私は、なにかしらのアクシデントがあって、ディアス公爵様が養父に話しかけたのだと予想していた。しかし実際は違う。


 意図して養父に近づき、私の話を切り出すように仕向けたのだ。さすがは王族に次ぐ地位なだけはある。なかなかの御仁ごじんとみた。


 そんな切れ者……ディアス公爵様の娘とは、一体どんな方なのだろうか。


「家庭教師をころころ替えるほど、気難しい方なのでしょうか。公女様というお方は」

「ふむ。生まれつき体が弱いため、少し我が儘に育ててしまった、と公爵様はおっしゃっていた。年齢も十五歳で、さらに王子の婚約者候補ということもあり、なんとか公女様に教養を身につけさせたい、ともな」

「本人にその気はあるのですか?」

「アニタよ。これであると思うか?」


 ないな、と心の中で即答した。


「貴族というのは厄介ですね」


 望もうと望まないに拘わらず、火の粉が降りかかる。


「だが、得るものも大きい。そうだろう?」

「はい」


 なにせ、平民の私がコルテス男爵の養女となったのは、アカデミーへ入学させてくれるという理由だったからだ。

 勿論、お祖母様の遺言もあったが、素直に聞くほど無謀ではない。


 貴族になるからには、こちらも有益な取引がしたかったのだ。それが、アカデミーへの入学である。お金もかかる上に、平民への風当たりが強い。


 加えて、すぐにアカデミーへ入ってしまえば、貴族としての務めである社交界に出なくてもいいのではないか? という打算もあったのだ。


「今回もそうだ。家庭教師の件が上手くいこうがいくまいが、結果は関係ない。ディアス公爵家との繋がりのために行ってくれないだろうか」

「メリットは? それがなければ行きません」

「ふむ……確か、アカデミーの教授になりたいと言っていたな。その後押しをしよう。勿論、金の援助もだ」

「っ! そういうことなら、喜んで行かせていただきます」


 私はニヤリと養父に笑いかける。傍から見ていると、親子の会話というより、商人同士の取引に見えるだろう。

 しかしこれは、養女になる件で、さんざんやり取りをした結果だった。あのお祖母様の孫ということもあり、こんな私を養父はすぐに受け入れてくれた。今では私の扱いに長けているほどである。

 お陰で全く、と呆れられてしまったが、そういう性分なのだから仕方がない。山奥での暮らしは、そんな生易しいものではないからだ。


「それで、いつからなのですか?」

「明日だ」

「え? 随分と急ですね」

「その方がアニタもいいだろう、と先方が言ってきたのだが……無理なら延ばしても構わない、ともな」


 私にとって都合がいい……そうか。長い間、アカデミーを離れるわけにはいかない。けれどこれはディアス公爵様の都合だから、アカデミーの方も融通してくれるのだろう。

 それにディアス公爵様もまた、私が使えるか使えないか、早急に判断をしたいのだ。


 まぁ、その方が私にとっても都合がいい。早々に見切りをつけられれば、それだけアカデミーに帰れる日も近くなる、というわけだ。


 私は頭を横に振った。


「いいえ、問題はありません。すぐに向かいたいので、支度してまいります」


 そういって、答えを待たずに養父の執務室を出て行った。

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