病弱な公爵令嬢(?)の家庭教師 ~その正体は?~

有木珠乃

第1章 ディアス公爵邸編

第1話 始まりは養父の昔話

「アニタよ、すまないがディアス公爵家へ行ってもらえないか?」


 養父ちちであるコルテス男爵からの、突然の申し出に私は驚いた。


「それはつまり、私はお払い箱ということですか!?」

「アカデミーから呼び出せば、そう捉えるのも無理はない。だが、そういう意味ではないのだ」


 優しい声音に、私はホッとした。なにせ、在学しているアカデミーから連絡を受けて、帰ってきたばかりなのだ。

 しかも呼び出された文面は『荷物をまとめて至急戻れ』という不吉ふきつきわまりないものだった。


 加えて実父ではない、養父の言葉。勘違いしない方がおかしかった。


「アニタ。私がお前を養女にした理由は覚えているか?」

「勿論です。孤児となった私を、お祖母様の遺言というだけで引き取ってくださったこと。今でも感謝しております」

「そんなことはない。今の地位があるのは、あの御方のお陰なのだ。是が非でも引き受けなければバチが当たってしまう」


 養父はそういうと、お祖母様と出会った時の話をし始めた。


 その昔、養父は一攫千金を狙って、金が出ると噂の山にやってきた。しかし掘れど掘れど、一向に金は出てこない。

 当たり前だ。その山は金山ではなかった。けれど金が出ると信じて、養父は五年も無駄にしたという。その前に騙されたと気づかないのがまた、養父らしいといえばらしかった。


 ともあれ、養父はすでに二十代後半。山に籠もっている間、好きだった女性は他の人と結婚し、親友は事業を成功させて、雲の上の存在に成り果てていた。つまり、一般世間でいうところの、負け犬となってしまったわけである。


 途方に暮れるも、行き先のない養父は金山へと戻る。田舎にも、首都にも養父の居場所はなく。

 辛くても、いや辛いからこそ人目のない場所を求めて、ここに留まったのだ。


 けれどそれが功を奏した。お祖母様に出会ったのだ。


『ここの山を掘れる体力があるのなら、あっちの山を掘ってみな。良い石が埋まっているよ』


 目的のなかった養父は元々、人も良かったのだろう。お祖母様の言葉を全く疑わずに、その山を掘ったのだという。


「あの時、ダイヤモンドを掘り当てられなければ、私はここにいないし、生きてもいられなかっただろう」


 胸に手を当てて、思い出に浸る養父を見て、私も目を閉じた。

 傍目からは、一緒にお祖母様を思い出しているように見えるかもしれない。しかし実際は、耳にタコが出来るくらい聞いた話に辟易へきえきしていただけだった。

 養女になってから、何度この話を聞いたことだろう。


「そのお気持ちを疑ったことはありません。だからこそ、何故アカデミーを離れてまで、ディアス公爵家に行かなければならないのですか?」

「それは……この話をつい、ディアス公爵様に話してしまったのだ」


 言い淀む養父を前に、私は黙ってその先を促した。

 まさかとは思うが、ディアス公爵様を怒らせた、とか? だから深刻な顔をしているのだろうか。

 けれどその答えは、とても意外なものだった。


「それで是非、アニタを娘の家庭教師になってほしいと懇願された」

「か、家庭教師!?」


 あの話から、どうしてそんな流れになるのよー!

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