第22話

 電車を乗り継いで、そこからさらにバスで揺られること数十分。


 夏らしいアップテンポなBGMに、ヤシの木を模した大きなオブジェ。

 海を思わせるほどの広大なプールは、開園直後にも関わらず多くの人々で賑わっていた。


 いくつも並んだ屋台からは、イカ焼きやベビーカステラの香ばしい匂いが漂っていて、吸い込まれるように屋台へと足が向かう。


「――ってダメダメ!」


 本能のままに動こうとした体を、どうにか踏みとどまらさせる。


 わたしは服の下に水着を着てたから一足先に待っているけど、玲香ちゃんは更衣室で着替え中だ。

 早々にはぐれてしまうところだった。


 食べ物の誘惑に抗っていると、突然視界が真っ暗になる。

 冷たい肌の感触で目を覆われたのだと気づく。


「……だーれだ」

「ひゃっ」


 近頃話題のおしゃべりロボットみたいな棒読み。

 耳元でささやかれて変な声が出てしまう。


 誰かなんて悩む余地すらない。


「玲香ちゃんだよね?」

「……正解よ」


 正解したのにも関わらず、わたしの視界は塞がれたまま。

 もしかして、面白い事を言わないと解放されない的なやつ……?


 渾身の一発ギャグを披露しようか悩んでいると、玲香ちゃんが耳元で続けた。


「これが恋人らしい行為だと聞いたのだけど……どうだったかしら」

「フィードバックを求められてる!?」

「……ええ。今後の参考にするわ」


 アプリの運営みたいなこと聞かれてる。


「えっと、びっくりしたけど、玲香ちゃんの手がすべすべで、ひんやりしてて……気持ち良かった……かな」


 しどろもどろになりながらも言葉を繋げる。

 返事がない。キモいことを言ったから引かれたかもと不安になってきた。

 

「…………そう。分かったわ」


 「何が分かったの!?」と聞く間も無く、手が離れて解放される。


 ゆっくりとひらけた視界に映ったのは、黒のビキニと緑のパレオを身にまとった玲香ちゃんの姿。

 体のラインは細いのに、全くもって不健康には見えないバランスの良さ。

 短めのパレオは動くたびにヒラヒラと揺れて、俗に言うチラリズム的な色気をかもし出している。


 圧倒的な美を前に思わず手庇てびさししそうになる。

 さっきの『だーれだ』について言及げんきゅうしようと思っていたのに一瞬で頭から抜け落ちていった。


「ぐっ、神々しい……。わたし大学に入ったら、玲香ちゃんの美しさとかわいさについて研究する人になるよ」

「……褒め方がいつになく大袈裟おおげさね」

「大袈裟じゃないって、天界から天使が舞い降りたのかと思ったもん!」

「……そう」


 同性のわたしですら魅力的に感じるんだから、男の人が玲香ちゃんを見たら気絶するんじゃないだろうか。

 下手したら死屍累々ししるいるいになってしまう。


 心配して辺りを見渡しても、今のところ男性が倒れてたりはしなそうだ。


「……私からすれば、あなたの方が天使だけれど」

「わたし?」


 水面に映った自分の水着姿を覗き込む。


 オレンジを基調としたワンピースタイプの水着。

 貧相な胸元を誤魔化すように付けられたフリルからは、悲しいことにわたしのくだらないプライドしか感じられない。

 

 波が立って天使とは程遠いわたしの姿が、陽炎のように揺らめいた。


「お世辞言っても何も出せないよ?」

「小さくて、かわいらしくて、笑顔が似合う。……まさに天使と言っていいわ」

「ちょっ、やめてやめて! 恋人フィルターによる過大評価で自己肯定感が不当に上がっちゃう!」


 わたしたちの差は歴然れきぜんだ。


 一流の職人が作った彫像ちょうぞう鑑賞かんしょうした後に、素人が指南書を読みながら作ったぬいぐるみに感動するわけがない。

 玲香ちゃんが彫像で、わたしがぬいぐるみってだけの話だ。


「……まあ、あなたの魅力は私だけが分かっていればいいわ」

「また、そんなイケメン彼氏みたいな台詞を……。プール中の男子を悩殺しちゃだめだよ?」

「……あなたの方がよっぽどフィルターが掛かってるわね」


 隣を歩く玲香ちゃんが呆れ交じりに呟いた。

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