第16話

 衝撃と共にヒリヒリと火傷のような痛みが頬に広がる。

 まさか平手打ちされるとは思ってもみなくて、叩かれた勢いのまま尻もちをつく。


 こちらを睨むのは、同じクラスの中心的な立ち位置の少女。

 

 仲良くも悪くもない。共通の友達がいれば一緒に遊ぶ程度の関係性。

 少なくとも校舎裏に呼び出されて、無言で平手打ちを浴びせられるような険悪な仲ではなかったはず。


 何かしてしまったのか頭の中で思い返しても、彼女を怒らせるようなことに心当たりはない。


「い、いきなり何っ……!?」

「しらばっくれんな!」


 困惑するばかりのわたしに、彼女が突如として激昂げっこうした。

 倒れたままだったわたしのスカートを踏んで、押さえつけられる。

 殴られるようなことは無かったけれど、続けざまに語気の荒い言葉がいくつも飛んでくる。


 どれもこれも支離滅裂しりめつれつで理不尽な罵倒ばかりで、今では何を言われたのか思い出せない。


 何か言い返そうと開いた口が、動かなかったことだけはハッキリと覚えている。


 次の日から、クラスメイトたちがわたしを避けだした。


 学生のクラスカーストは絶対的なもので、何か言われたのか仲の良い友達もわたしを距離をとるようになった。


 グループ活動なんかは、わたしがいるだけで雰囲気が最悪。

 気分は疫病神だか、死神にでもなったみたい。


 しばらくすると、露骨に無視されたり避けられたりは無くなったけれど、わたしとクラスメイトたちの間のは気まずさだけが残った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 最悪の夢から目覚め、ベッドから這い出たのはお昼前。


 夏の初めにエアコンを買い替えたおかげで室温は丁度良かったが、寝汗をかいてしまってパジャマがべたつく。

 スマホを枕もとに投げて、気怠さを引きずりながらリビングに向かう。


 日曜日で本当に良かった。

 今駅に行くと中学時代の同級生と会ってしまうのではないかと不安になる。


「お母さーん、朝ごはんある?」

「何言ってんの、もうお昼でしょ。先に顔洗ってきなさい」

「はーい」


 鏡に映るわたしの顔は酷いものだった。

 顔を洗えばマシになるかと思ったけれど冴えない顔つきのままだった。


 まあ……わたしの顔なんてプリクラの補正が無ければこんなものか。


 遅めの朝食……もとい早めの昼食をとって、すぐさま部屋に引き返す。

 着替えた後にマット上で何分かゴロゴロしていると、昨日買った漫画の存在を思い出した。


「ていうか、紙袋そのままじゃん」


 ベッド脇に置いた紙袋の中には、漫画にプリ画に着ぐるみパジャマ。

 昨日は帰ってすぐ寝たから、一式そのままだ。


「この暑い時期に、着ぐるみパジャマなんていらないよ……」


 枕もとのスマホからメッセージアプリの通知音が鳴った。

 勿論、相手は一人しかいない。


『取ったわ』


 単純明快な一文だけど意味はわからない。

 少し間が空いて、次は写真が送られてくる。


 ゲームセンターを背景にして、玲香ちゃんがぬいぐるみを抱えている写真。

 ぬいぐるみは、UFOキャッチャーで何度やっても取れなかった例のやつだ。


 昨日までは触れることすらかなわなかったのに、そんな急に取れるようになるものだろうか。


『取ったの? おめでとー!』


 無難ぶなんな文章と、バンザイしている猫のスタンプを送信する。

 玲香ちゃんには悪いけれど、今のわたしに素直に祝うような余裕はない。


「はぁ……」


 自己嫌悪を溜息と一緒に吐き出す。


 ……こういう時、心から祝ってあげられるのが本当の恋人や友達なのだとしたら、やっぱりわたしたちは友達ですらないのかもしれない。

 

 孤立するのはもう嫌だ。

 常に周囲と距離をとっている玲香ちゃんなら、友達とも言えない微妙な関係性で学校生活を終えられると思ったのに。

 まさか玲香ちゃんの方から、ここまで距離を詰めて来るとは。


 立て続けに通知音が鳴る。

 内容を確認することも無くスマホをマナーモードにして、ベットに腰かけ漫画を読み始める。


 今は返信に頭を悩ませたくない。


 既読しなかった言い訳は後で考えよう。

 わたしは玲香ちゃんを騙しているのだから。これくらいわけない。

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