第15話

 ガラス越しのコミカルな音。

 目的のぬいぐるみから離れた場所に降りたアームが空を切る。


 UFOキャッチャーの機体に玲香ちゃんは迷いなく百円玉を入れた。


 再び虚空に降りたアームが戻ってから、控えめに声を掛ける。


「そろそろ他のゲームも見ない?」

「……そうね。……もう一回だけやるわ」


 また百円を投下。

 「もう一回だけ」はさっきから幾度となく聞いている。


 すでに四千円以上使っているはずなのに、ぬいぐるみに触れる気配すらない。


「……なるほど」


 腕を組んで考え込むような仕草。

 何かコツを掴んだのかと思ったけれど、直後のプレイは変わらず空振り。


 才色兼備の玲香ちゃんにもこんな弱点があるなんて……。


「玲香ちゃんでも、苦手なことがあるんだね?」

「……初めはこんなものでは無いかしら。もう一回だけやってみるわ」


 フォローしたつもりだったけれど、逆に彼女の闘志に火をつけてしまったのかもしれない。


 一枚二枚と硬貨が機体に吸い込まれてゆく。

 横顔は冷静な勝負師のようだけど、やっていることはただのカモだ。


 わたしがイケメン王子様だったら、玲香ちゃんと代わってスマートにとってあげるのだろう。

 残念ながらただの小間使いなわけだけど。


「……もう一回だけ。……もう一回だけ」

「れ、玲香ちゃん! クレーンゲームはこれくらいにして、向こうで音楽ゲームやろうよ!」

「……ええ。でも、もう一回だけ」

「いやいや、もうやめようって!」


 うわ言のように呟く姿を見ていられなくなって、機体から無理矢理引きはがす。

 将来ギャンブルにのめり込まないかが不安で仕方がない。


「玲香ちゃんは音楽ゲームはやったことある?」

「……いいえ。あまりゲームセンターには縁がなかったから」


 この『ドラムの鉄人』は用意されているドラムセットを画面の譜面に合わせて叩いてゆく人気音楽ゲームだ。


 硬貨を投入して二人プレイを選択。

 このゲームはスコアも出るし同じ曲で遊べば、実質的に対戦が出来る。

 玲香ちゃんのゲーム経験は浅いようだし、わたしでも勝てるかもしれない。


 チュートリアルを進める裏で、そんな思惑を巡らせる。


 ……まあ、全然そんなことは無いのだけれど。


「つ、つよぉ……」


 一曲目が終わりわたしの口から驚きが零れる。

 初プレイとは思えないドラムスティックさばきで、ほとんどミスすることなくやり切ったようだ。

 スコアもわたしより全然高い。


「上手過ぎない? 本当に初プレイ……?」

「……最初の説明通り、画面に合わせて叩いただけよ」


 すごい玲香ちゃんらしい台詞が返ってきた。

 普通は合わせて叩くのが難しいゲームのはずなんだけどなぁ……。


「難易度上げてやってみよっか!」

「……ええ」


 一曲目はノーマルでプレイしていたけれど、ハードに変更。

 難易度が上がると初めてじゃ分かりづらい部分もあるし、今度こそ勝機が生まれてくるはず。


「あれぇ……?」


 二曲目でのわたしたちの差は歴然だった。

 わたしが勝つどころか、スコアの差は倍以上に広がってしまっている。


「……難易度を上げてもいいかしら?」

「えっ!?」


 玲香ちゃんが選択したのは、ハードよりもさらに難しいベリーハード。

 ある程度慣れた人が遊ぶもので、その日始めた初心者が選ぶものではないだろう。


 曲が始まると同時に、目が回るような勢いで譜面が流れてくる。

 ポーカーフェイスで叩き始める玲香ちゃんを横目に、わたしは静かにドラムスティックを置いた。



「時間経つの早っ、夢中になりすぎたね」

「……そうね」


 時刻は午後四時過ぎ。

 辺りはまだ明るいが、ゲームセンターに長居してしまったから想像より時間が経っていた。


 一般的な女子高生ならもっと遊べるのかもしれないけれど、うちの距離だとこれ以上は厳しい。


 元々はもっと色々なお店を回る予定だったから、何となく消化不良だ。


 家が遠くて後悔するのは、高校に入ってから初めてな気がする。


「もうちょっとだけ……お店見てく?」

「……いえ、駅まで距離もあるし帰りましょう」

「えっ」


 断られると思っていなかったから、動揺が表情に出てしまったのかもしれない。

 玲香ちゃんが優しくわたしの手を取る。


「……帰りたくないなら、今夜は泊っていく?」

「へ……?」

「パジャマも買ったばかりだし丁度いいわ」


 手に持った紙袋の中身を思い出す。


 ……白猫の着ぐるみパジャマ。


「そ、その、お泊まりはまだ早いというか! ……パジャマ以外の準備も何もないし!」

「……そう。残念ね」


 早口でまくし立てると、玲香ちゃんはまったく残念じゃなさそうな声音で答える。

 繋がれた手に少しだけ力が籠った気がした。


「……それじゃあ、百島のかわいかったところ五選を言わせてほしいのだけど」

「この間よりも増えてる!? それは心の中にとどめて!」

「……冗談よ」


 玲香ちゃんが言うと、本気なのか冗談なのか分かりづらい。


 遊び疲れたことを建前にして、わたしたちはゆっくり駅まで歩いていった。


「じゃあねっ。また学校で!」

「……ええ」


 別れ際は案外呆気ないもので、電車の時間もギリギリだから改札を抜けてからは小走り。


 電車に揺られながら、ふと考える。


 玲香ちゃんのことは結構好き。

 恋愛感情云々うんぬんは置いといて、素でいられる友達だと思っている。


 特に、恋人になってからは、すごく距離が近くなった気がして嬉しい。

 ……そして少しだけ怖い。


桃菜ももな……? 桃菜だよね!?」


 電車から降りた時だった。

 後ろから声を掛けられて振り向く。


「やっぱり桃菜だ! あたし、ずっと桃菜に言わなくちゃいけないことが――」


 中学校の旧友の姿を見て、息が詰まった。


 知ってる……この感覚。

 足元が崩れていくような不安と、途端に凍りついて動けなくなる身体。

 相手から向けられる視線が怖くて、どこを見てればいいのか分からなくなる。


 ……折角、高校は知り合いのいない遠くの学校を選んだのに。

 学校帰りの時は、もう何本か先の電車になるから、偶然会わなかっただけで、彼女も同じ電車だったのか。


「人違いですっ」


 彼女が何か言いかけていたが、わたしはそう吐き捨てて全力で駆け出す。


 逃げる、逃げる。

 自宅までの最短ルートを振り返ることなく疾走した。


 さっきまでのことなんて全部忘れて、わたしの頭の中は苦しさでいっぱいだった。

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