第14話
不気味に身体を揺らすゾンビの頭を、
赤黒い血しぶきを上がるのを尻目にわたしたちは暗闇を進む。
床の軋む音が不気味さを演出する。
「あなたには指一本触れさせないわ。下がっていなさい」
「ううん。わたしも戦うよ」
二人して銃を構え直す。
懐中電灯の細い光では視界が悪い。
これまでも何度もゾンビの奇襲を受けて、二人ともすでに
いくら玲香ちゃんでも一人じゃ厳しいはずだ。
「玲香ちゃん、あそこ!」
「……ええ」
机の上に立派な機関銃が一つ置いてある。
ゾンビの数も増えていて拳銃では限界を感じていた頃だ。あれさえゲットできればどれだけ数が出てきても戦えるだろう。
喜ぶわたしとは対照的に、玲香ちゃんは
「……都合が良すぎて怪しいわね」
「そうかな? 折角だし貰っていこうよ!」
一応、周辺を照らしてみるけれどやはりゾンビの姿は無い。
軽い足取りで机に近づいていく。
機関銃まであと一歩となったその時――視界いっぱいに逆さまのゾンビが映し出された。
「――っきゃああああああああああ!!」
「百島……!? 落ち着きなさい。照準が――」
「――◎※△×#☆□!?」
言葉にならない悲鳴が響き渡る。
拳銃を構えることなんて、すっかり忘れて玲香ちゃんに思い切り抱き着く。
背後ではガラスが割れる音と、鈍い打撃音が聞こえてくる。
しばらく目を
ポンっと肩を手を乗せられて身体が跳ねる。
まさか……ゾ、ゾンビ……!?
「……ゲームオーバーよ」
顔を上げると、真っ赤な画面には『GAME OVER』の文字。
そうだ、玲香ちゃんがゾンビを撃つゲームやりたいって言ってそれで……。
コンティニューする気力は残っていなかった。
「……あなたがあんなに取り乱すとは思ってなかったわ。ごめんなさい」
「いや、申し訳ない感じにならないで!?」
ゾンビを撃ちまくるシューティングゲームを終えてすぐ。
わたしたちはゲームセンターのベンチで休憩タイムだった。
散々、
笑われた方がまだマシだ。
「でも、今度はもっと平和なゲームやろっか」
「……それなら、プリクラはどうかしら」
「へ、プリクラ?」
ゾンビとは一転して、かわいらしい単語が出てくる。
思い出したのはクレープ屋さんでのツーショット。あの時は上手く撮れなかったしリベンジという意味でもいい機会かもしれない。
『それじゃあ、撮るよ――ハイチーズ!』
シンプルな真っ白い空間に、正面にはお洒落なデザインのモニター。
二人だから機体内は妙に広く感じた。
機械の明るい掛け声に合わせて精一杯の笑顔とダブルピースを作る。
合わせてくれたのか、玲香ちゃんも控えめながら片手でピースをしていた。
「……あなたは随分慣れているようね?」
「まあ、中学の頃は結構来てたから……。それよりさ、次は猫のポーズでいこうよ。ニャーンてさ!」
「……分かったわ」
『もう一枚いくよ――ハイチーズ!』
二枚目三枚目と次々に撮ってゆく。
撮った写真は目元やら、まつ毛やらが盛られてて、元々が
「後は……腕組もう、腕!」
「ん、百島っ……!?」
シャッターが切られるまで数秒もなかったので、急いで玲香ちゃんの腕を引き寄せる。
変な写りになるかと思ったけれど、そこは我らが黒姫玲香。驚いた顔でも美少女は崩れない。
「流石、玲香ちゃん。完璧美少女じゃん!」
「……急に引っ張っておいてそれが一言目なのね」
「えへへ。今度は普通に腕組んで撮ろうね!」
続く五枚目。
打ち合わせ通り腕を組んで普通にポーズ……とはならなかった。
「……ふぅ~」
「ひゃあ!?」
ギリギリのタイミングで生温かい吐息が耳を撫でた。
わたしの身体が飛び跳ねると同時にシャッター音がする。
「もぅ、玲香ちゃん!」
「……さっきのお返しよ。あなたも驚いた顔を――……」
写真を確認する玲香ちゃんの言葉が途切れる。
慌てて画面を見てみると、わたしの表情は驚いているというより……その……。
「……中々にエロチックな表情ね」
「言葉に出さないでよ! もう次撮ろうっ!」
「……撮ったものは二人分出るのよね?」
「なんでこのタイミングで聞いたの!?」
トラブルはあったが、六枚すべてを無事(?)撮り終える。
最後はプリクラの本番と言っても過言ではない、ラクガキの時間だ。
「……これは、何を描くのが一般的なのかしら?」
「うーん。名前とか星とかハートとかは結構多いかも」
「……そう」
玲香ちゃんは傍に置いてあるタッチペンを手に取り、慣れない様子でラクガキを始める。
「……どうかしら」
完成したのは物凄い
かなり滑るタッチペンで、ここまで達筆のはすごいけれど、かわいいかと聞かれたら微妙なところだ。
特に玲香ちゃんの写真はポーカーフェイスのせいで、プリクラ版の証明写真みたいになってしまっている。
「えっと、凄い字が上手だね」
「……ええ。我ながらかなりの出来だと自負しているわ」
本人はご満悦なようだから、余計なことは言わないことにした。
わたしも別のプリ画にラクガキしようとペンを持つ。
「……あなた、私の部分ばかり描いてるわね」
「あれ、本当だ」
気づけば画面の中の玲香ちゃんに猫耳を生やして、取り囲むように星を描きまくっていた。
わたしの方にも何か描こうと思ったけれど、ペンが動かない。
「自分に描くのってなんか恥ずかしいね」
「……そのようね」
考えてみれば中学の時も、他の子とラクガキし合うことが多かった気がする。
玲香ちゃんソロとかなら、ペンが進むんだけどなぁ。
「いっそのこと、玲香ちゃん一人で撮り直す?」
「……あなたが写っている部分は私が描くわ」
「ありがと~!」
そう言って玲香ちゃんが画面にペンを滑らせる。
ハート、ハート、駄目押しでまたハート。
わたしの周囲にどんどんハートマークが描かれてゆく。
玲香ちゃんにそのつもりは無いと思うけれど、暗に好き好き言われているみたいで照れる。
画面から目を逸らして見ないようにする。
「……百島。……ごめんなさい」
「……へ?」
少し経って、玲香ちゃんが唐突に謝罪の言葉を漏らす。
画面を見てみると、先程の吐息を吹きかけられた時のプリ画が映し出されていた。
主にラクガキされていたのは、わたしの顔。
例の表情を隠すように塗りつぶしてくれたようだが、そのせいで何故かいかがわしいお店の写真みたいになっている。
「……違うの。……恥ずかしくないようにしようと思ったのよ」
「む……無理! もう無理ぃ!!」
色々な感情が混ざり合って、一心不乱に画面内のわたしを塗りつぶす。
全身塗りつぶしてしまえば、実質的に玲香ちゃん一人のプリ画になるはず。
そんなことをしている内に、機械からラクガキ終了のアナウンスが流れる。
全身を隠せるほどの時間が余っているはずもなく、微妙な出来のまま現像された。
「ちょっ……もう一回撮り直さない!?」
「……諦めなさい」
「で、でもさ!」
諦めの悪いわたしを
……何だか弱点を把握されたようで悔しい。
「ゔぅ〜」
わたしの口からは細い唸り声が漏れるばかりだった。
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