第13話

 取り入る上で一番大切なのは、相手を褒めることだ。

 高校で玲香ちゃんに取り入るときも、最初はとにかく褒めちぎりまくった。


「かわいい、天使、似合いすぎだよ! 他の服も持ってくるね!」

「……ええ」


 次にわたしたちが入ったのは、明るい雰囲気の服屋さん。

 ショッピングモールの中でも特段大きな店で、色々な系統の服を取り揃えているみたいだ。


 お店に並ぶ服をいくつか見繕って試着室に小走りで向かう。


 確認するまでも無いことだけれど、玲香ちゃんは何を着ても似合う。

 ガーリーな服を着たらかわいいし、シックな服を着たらクールさが際立ってかっこいい。


 チラチラとこちらを窺う店員さんの視線を感じる。


「かわいい! こういうのも似合っちゃうなんてすごいよ!」

「……流石に私のイメージでは無くないかしら?」

「ううん。かわいいってば! 写真いい?」


 今、着てもらっているのは『不思議の国のアリス』をモチーフにしたワンピース。

 子供っぽいかなとも思ったけれど、普段のクールな姿とのギャップで逆にいい。


 スマホのカメラを構えると、玲香ちゃんがフッと微笑した。


「……なんだか、そのテンションのあなたを久しぶりに見た気がするわ」

「そうかな?」

「……ええ。相変わらず口が達者ね」

「それって貶してる!?」

「……褒めているわ。うるさいぐらいが百島ひゃくしまらしいもの」


 そんな風に思われていたなんて心外だ……と言いたいところだけど、自分自身を頭が悪くて人懐っこい女子高生とキャラ付けしてたのも事実。


 喜ぶべきか悲しむべきか……。

 なんだか複雑な気分だ。


「……ところであなたは試着しないの?」

「わたしはいいよ、お金あんまり持ってきてないし……」


 何よりも玲香ちゃんの後に試着となると、自己肯定感が低くなっていきそうだ。

 最近は、お菓子食べ過ぎてお腹周りもかなり心配だし。

 

「……お金なら貸すわよ」

「いやいや、そういう訳にはいかないよ!」

「それなら、おとなしく試着しなさい」

「でも……あっ」


 圧に屈して断り切れずにいると、視界の端にあるものを見つけた。

 あれなら玲香ちゃんの後でも恥ずかしくない気がする。


 ……別の意味で恥ずかしいかもしれないけれど。


「じゃあ、着る服はわたしが決めてもいい?」

「……ええ」


 素早く目的の服を持ってきて試着室に入る。

 正面にある姿見の前で合わせてみた。


 ……まあ、着こなすのが難しい服よりかはよっぽど似合うだろう。


 意を決して勢いよくカーテンを開く。


「じゃーんっ!」


 わたしが試着したのは白猫をモチーフにした着ぐるみパジャマ。


 モコモコした材質で作られていて、今の季節に着るには暑そう。

 フードには丸い猫耳、お尻の部分には雑に曲がった尻尾が付いている。


 値段もお手頃でいかにもネタで使ってくださいというデザインだ。


「……よく似合っているわね。かわいいわ」

「へっ……これはネタっていうか、冗談というか……」

「どういうことかしら?」


 玲香ちゃんが小さく首を傾げる。

 表情は真剣そのものでわたしを揶揄からかっているわけでもなさそうだ。


「も、もう着替えるね」


 自分の口からネタを説明するのは恥ずかしくて、試着室に逃げ帰る。

 大丈夫だ。ネタだと思われていないなら、何事も無かったかのようにすればいいだけ。


「お待たせ~……あれ、玲香ちゃん?」


 カーテンを開けると、さっきまでそこに居た玲香ちゃんの姿が消えていた。

 辺りを見回していると、隣の試着室に見覚えのある靴があった。


「……私も着てみたのだけれど……どうかしら?」


 試着室から黒猫の着ぐるみパジャマを身に纏った玲香ちゃんが出てくる。


 わたしが着たものと色以外は同じなのに、玲香ちゃんが着ると全然印象が違う。

 フードの猫耳はシンプルにかわいさを引き立たせて、曲がった尻尾も本人の無愛想さと相まって自然に見える。


「わっ、何でも着こなせちゃうじゃん! 本物の黒猫かと思ったもん!」

「……こんなに大きな猫がいるわけないでしょう」

「それくらい、かわいいってことだよ。ほーら、なでなで」


 フードに手を置いてわしゃわしゃと撫でてみる。

 わたしよりも身長が高いからちょっと撫でづらいけれど、生地のモコモコした感触が中々に気持ちいい。


「……これ、買っていくわ」

「え、急にどうしたの。試着はもういいの?」

「ええ。……元々、買う気はあまりなかったから」


 何を思ったのか玲香ちゃんは、そのままレジに向かいパジャマを購入。

 猫が好きみたいだし、デザインが気に入ったのだろうか?


 戻ってきた玲香ちゃんは、何故か手に二つ紙袋を持っていた。


「はい。あなたの分よ。」


 当然ように片方の紙袋を渡される。

 荷物持ちを任されたのかと思ったけれど、そういうわけではなさそうだ。


「わたしの?」

「……恋人にはプレゼントを贈ると聞いたわ」


 中を覗いてみると、さっきの白猫の着ぐるみパジャマが入っていた。

 いつも思うけど、玲香ちゃんはどこから恋人のノウハウを仕入れているのだろう。


 反応を待っているのか、玲香ちゃんから視線が突き刺さる。


「わぁ、ありがとう! ペアルックだね!」

「……ええ」


 いかにも嬉しそうに声を上げてみせる。

 正直なところいらないけど、プレゼントと言われると悪い気はしない。


 玲香ちゃんも満足そう……な気がする。


「……百島。……あそこにいってみない?」


 服屋を出て少し歩いたところで玲香ちゃんが、控えめに口を開く。


 玲香ちゃんの指差す先には、本屋の時に通りかかったゲームセンターがあった。

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