クラスメイトに片思いしてるフリしてたら、ガチ告白されたんだけど!?
ナナミダ
第1話
ドアを乱暴に閉めて飛び出す。
蛇口から垂れる水滴の音すら聞こえそうなほど静まり返った廊下を、わたしの足音が荒らす。
真っ白い校舎が夕焼け色に染まり始めていた。
わたしの家はただでさえ学校から二時間以上かかるのに、この時間の電車に乗れないと、さらに一時間以上いつもより遅くなってしまう。
焦りそのままにドアを開けると、
読んでいたであろう文庫本を机に置いて、彼女の
「……お疲れ様」
一言。
労いの台詞とは裏腹な冷たい声だ。思わず肩が跳ねる。
弾けるかのように背筋がピーンと伸びた。
喉の奥で明るいトーンを作る。
「れ、
「……まあね」
「ごめんね、委員会が長引いちゃって」
「……そう」
彼女――
無機質な声からは感情がいまいち読み取れない。
夕焼けに照らされた顔立ちは、同じ女子高校生とは思えないほど整っていて、妙な緊張感がわたしの心中でざわめく。
目つきが少し悪いものの、彼女の
ただ、その雰囲気が災いしてか彼女に近づく生徒は少ないし、彼女もあまり積極的にクラスメイトと関わろうとはしていない。
わたしは、この美少女に片思いをしている――フリをしている。
「そういえば、玲香ちゃんと行ってみたいクレープ屋さんがあって、よかったら帰り一緒に行かない? カップル割、効くらしいよ!」
「……あなたと私はカップルじゃないでしょう」
「もー、玲香ちゃんいけずぅ!」
予想通りの冷たい返答に、わざとらしく口を尖らせて抗議する。
断られるのはいつものことだった。
玲香ちゃんがどう思っているかは分からないけど、わたしとしてはこの距離感は助かる。
「……あなたに伝えたいことがあって。少しだけいいかしら?」
「伝えたいこと?」
「ええ」
妙に引っかかる言い回しだった。
玲香ちゃんがわたしに話しかけてくる時は、事務的な用事を一言で伝えて終わり。
わざわざ「伝えたいことがある」なんて前置きがあるのは初めてのことだ。
「うん。全然大丈夫だよ! 何でも話して!」
ちらりと教室の掛け時計を盗み見る。
大丈夫だ。すぐに終わる話ならダッシュすれば間に合う。
何よりも玲香ちゃんに片思いしているはずのわたしが、電車の時間を優先して帰ってしまったりしたら、不審感を与えてしまうかもしれない。
わたしの学校生活の為にもここは断れない。
「……
玲香ちゃんがわたしの名前を呼ぶ。呟くような小さな声だったが、不思議なことにしっかり耳に届く。
普段は苗字で呼んでくるから、フルネームは何となく気恥ずかしい。
「あなた、
「もちろん! 玲香ちゃんのこと大好きだよ!」
「……そう」
じっと……まるですべてを見透かしているようにわたしを見つめる。
夕日の眩しさを避けるふりをして、目を逸らす。
妙な緊張感に作った笑顔が僅かに引きつる。
……わたしが演技で接しているってバレてる!?
と、とりあえず何か別の話にそらさないと……!
「もしかして、愛の告白……だったり!? わたしの返事はオールOKだよ!」
「……それは、よかったわ。本当はどこか静かな場所で……と思っていたけれど」
「……えっ? それって――」
疑問を口にする前に玲香ちゃんがわたしの手を取る。氷のようなポーカーフェイスからは想像できないほど、玲香ちゃんの手は温かかった。
宝石みたいに綺麗な瞳に熱が宿っている。
「私も……あなたのことが好きなのだけれど、付き合わない?」
「…………へ?」
すき……スキ……好き!?
時が止まってしまったかのような感覚。
永遠とこのままなのかもしれないと思うくらい、お互いに微動だにしない。
夕焼けが雲に隠れて影が出来たことで、ようやくわたしたちの時間は動き出した。
暫くして校内に午後六時のチャイムが響き渡る。あれだけ静かだった廊下からは、部活動を終えた生徒たちの声がちらほら聞こえる。
玲香ちゃんは照れる様子もなく、すっと離れると机の上の置かれた文庫本を鞄にしまった。
「帰るわ」
「え、え? 玲香ちゃん?」
「……返事は明日でいいから」
「ちょ――」
玲香ちゃんは制止がまるで聞こえていないかのように、足早に教室を出ていく。
わたしも鞄に荷物をまとめて慌てて教室を出るが、すでに廊下に玲香ちゃんの姿は無かった。
ほっとしたような、残念なような。
言葉にできない感情が湧いてきて、モヤモヤしたまま帰路につく。
電車の時間に間に合わなかったのは言うまでもないだろう。
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