第8話

 ベッドに放り投げたスマホから、聞き馴染みの無い通知音がした。

 その音で、今日まだログインしてないスマホゲームがあったことを思い出す。


 通知を確認してみると『LINNE』で、玲香ちゃんから一件のメッセージが届いていた。


 早めに寝てしまったことにして、明日の朝に返信しようかと思ったけれど、時刻は二十二時前。

 高校生の就寝にはまだ早いだろう。


 仕方なくアプリを開く。


百島ひゃくしま、電話できる?》


 玲香れいかちゃんらしい簡潔な一文。

 画面越しでもあのポーカーフェイスが目に浮かぶ。


 今日は放課後に寄り道もせず帰れたし、明日は土曜日だから完全に油断していた。

 連絡先を交換するとこうなるのか。


《できるよー!》


 返事と共にニヒルな猫がサムズアップしているスタンプを送る。

 スマホを買った頃にお母さんに買って貰ったスタンプだけど、実際に使ったのは初めてだ。


 メッセージはすぐに既読になって、次の瞬間には電話が掛かってきた。


 ベッドに座って深呼吸してから電話に出る。


「もっしもーし!」

『……もしもし。百島?』

「はーい。玲香ちゃんの彼女、百島桃菜ももなだよ!」

『……そう』


 この時間に玲香ちゃんと話すなんて不思議な気分だ。


 ナイフのような視線を受けることが無いからか、声がいくらか穏やかに感じる。


「どうしたの?」

『……あなた、明日は空いてる?』

「え、まあ……それなりに暇かな」


 つい正直に答えてしまったけれど、嫌な予感がしてならない。

 嘘を吐いて断ればよかった。


『どこか出かけない?』


 ほらきた。

 やはりデートのお誘いだ。


「んー、うち結構距離があるから……。片道で二時間以上掛かっちゃうよ?」

『……なら、私があなたの家まで向かうわ』

「田舎だから、こっち来ても遊ぶところなんてないよ?」

『あなたとなら、私は山でも田んぼでもいいわ』


 こっちが恥ずかしくなるような台詞だ。気づけば、ベッドを立って部屋の中をクルクルと回っていた。 

 そこまでハッキリ言われると断りずらい。


 でも、わたしの家に来られても色々と困るし……。


「じゃ、じゃあわたしがそっちに行くよ! 行き慣れてるし!」

『……そう?』

「うん。玲香ちゃんとお店巡りしてみたいし!」

『……分かったわ』


 理由を付けて勢いで押し切る。


 この間はカップル割などという、いかにも恋人らしい雰囲気の店に入ったのが失敗だったのだ。


 普通のファミレスで昼食を食べて、普通にショッピングモールで買い物でもすればいい。


「それじゃあ、十二時頃に駅集合でいいかな。お昼はその場で適当にって感じで」

『……ええ。それでいいわ』


 駅の近くなら、何件かファミレスがあったはずだし、わたしから誘えば玲香ちゃんは断らないだろう。


 そうと決まれば、駅周辺の恋人っぽくないスポットを押さえておかないと。


「そういうことで、また明日っ」

『……待って』

「な、なに?」


 電話を切ろうとしたところを制止される。


 露骨ろこつに話を切り上げようとしたのがバレたのかと思ってビビる。


『……もう少しだけ話してたいわ』

「そっっっ――かぁ……!」


 喉元まで出かかった動揺を寸前のところで飲み込む。


 不覚にもキュンとしてしまった。

 クールな姿からは想像できないような甘えた声。これがギャップ萌えってやつなのだろうか。


「明日の予定決めちゃおっか。玲香ちゃんはどこか行きたいところある?」

『……特に希望は無いけれど……いていうなら本屋かしら』

「本屋さんか~。その本屋さんカップル割とかやってないよね……?」

『……やってるわけないじゃない』

「だ、だよね~」


 我ながらアホな質問だと思う。

 クレープ屋での出来事が印象に残りすぎて、何かあるのではないかと懐疑的になってしまっている。


 本屋さんなら恋人っぽい雰囲気なんてなりようがないし、ちょうど買いたい漫画があったから嬉しい。


 案外、玲香ちゃんもデートというより友達同士のお出かけくらいに思ってくれているのかもしれない。




「それでその時――あ、もうこんな時間だね。そろそろ寝よっか」

『……そうね』


 時計を見ると話し始めて一時間以上経っていた。

 話の内容は、明日のお出かけとは関係ない雑談となっていて、電話が掛かってきた時の緊張は微塵もない。


 電話口から聞こえる玲香ちゃんの声が僅かにガッカリしている気がした。


 もしかしたら、鋭利な目つきと対面しているから感情が読みずらいだけで、普段から声や態度には感情が出ているのだろうか?


 だとしたら……ちょっとかわいいかもしれない。


『……また明日』

「うん、じゃあね!」


 通話があっさりと切れる。

 さっきまで残念そうにしていたのに、そんな簡単に切っちゃうんだ……。

 

 「いや、寂しいとかじゃないけど……」


 誰に言い訳するわけでもなく、枕に顔をうずめた。


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