第7話

 初の恋人が出来てから一夜が明けた金曜日。


 一昨日おととい眠れなかった分の反動で昨夜はぐっすり眠れた。

 寝たら全部忘れるような性格だったら良かったのだけれど、残念なことにわたしはそうじゃないようで。


 電車に揺られている時も、駅の喧騒けんそうを抜ける間も、玲香ちゃんのことばかり考えていた。


 大丈夫。登校中に作戦は練ってきた。


 教室は冷房が効いていて、薄くかいた汗が冷えて寒いくらい。


 自席で静かに座る玲香ちゃんに、さきんじて声を掛ける。

 玲香ちゃんの席は窓際だから日光がモロに当たり中々に暑い。


「昨日は帰っちゃってごめんね! 時計の時間を見間違えてたみたいでさっ」


 これがわたしの作戦。


 関係にヒビが入るような事はすぐ謝るに限る。

 言い訳もあまり長いと言及されるかもしれないから、分かりやすいものを用意してきた。


「……気にしてないわ」

「ほんと? ありがとっ。玲香ちゃん大好き!」

「……そう」


 お許しの言葉が出て、心の中でガッツポーズをする。


 そのまま席に戻るのもおかしいので、わたしから話題を振る。


「外は暑いねー、わたし汗かいちゃったよ」

「……そう」

「そういえば、今日から購買でアイス売るんだって。お昼休みに行こっ」

「……ええ」

「でも、初日だし購買混んじゃいそうだね」

「……そうね」


 わたしが会話の主導権を握っている限りは、昨日みたいに恋人っぽい雰囲気になることも無いだろう。


 話題も用意してきたから、今のわたしに死角はない。


「……百島」

「なーに?」


 冷たい声がわたしを呼ぶ。

 まだ、何を言われたわけでもないが内心ドキッとする。


 最近の玲香ちゃんは心臓に悪いことばかり言うから、身体が勝手にドキドキするようになってるのかもしれない。


「……あなたの連絡先を教えてもらってもいいかしら?」

「れ、連絡先?」

「ええ。無理強いはしないけれど」


 変に身構えていたから、思ったよりも普通の話で拍子抜けする。


 そういえば、付き合う前の距離感が楽だったから、連絡先の交換なんてすっかり忘れていた。


「うん。交換しよ。『LINNE』でいいよね?」

「……構わないわ」


 学生御用達のメッセージアプリ、『LINNE』でお互いの連絡先を登録する。


 玲香ちゃんのアイコンは無愛想な黒猫の写真になっていて、失礼だけど似合ってるなと感じる。


「黒猫のアイコンかぁ。玲香ちゃんっぽくて、かわいいね」

「……そう。あなたは……何というか意外ね」

「そうかな?」

「ええ」


 一方で、わたしのアイコンは、初期設定そのままの薄い人影のような画像。


 特に連絡を取り合うような友達もいないし、気にしたことがなかった。


 確かにわたしのキャラとしては、スイーツとかアクセサリーとかの画像が自然かもしれない。


「んー、逆にどういうのがいいと思う?」

「……私に聞くの?」

「うん。玲香ちゃんセンスあるし」


 こういうのは自分よりも、センスのある人に頼むのが一番だ。


 玲香ちゃんは少し悩むようにしたあとに答えた。


「……あなたが好きなもの」


 思ったよりもフワッとした答えが返ってきた。


 わたしの好きで、尚且つわたしらしさが出るものってなると、


「スイーツとか!」「……私とか」


 タイミング良くわたしたちの声が重なった。

 それと同時に目が合ったが、瞬時に逸らされる。


 ……玲香ちゃん、『私』って言った?


「……良いと思うわ。スイーツ」

「あ、ありがとう。……ちなみに玲香ちゃん今なんて――」

「あなたを殺して、私も死ぬと言ったわ」

「物騒すぎる!?」


 ポーカーフェイスのままだけど、目元から明確な殺意がにじんでいるように錯覚させられる。

 手に取ったボールペンは、わたしの首を裂くためのものじゃないと信じたい。


 わたし悪いこと何もしてないのに……。


「わたしも最初は玲香ちゃんの写真にしたいな、って思ったよ! でも、わたしのアイコンだから、玲香ちゃんの写真は変かなって!」


 早口でまくしたてる。


「……そう。……遺言はそれだけ?」

「まって、まって、本当にまって!」


 こうなったら、恥を捨てて土下座と命乞いするしかない……!


 心中で覚悟を決めていると、玲香ちゃんの表情が僅かに緩んだ。


「……冗談よ。もうすぐ先生が来るから、戻った方がいいわ」

「う、うん……」


 首元に向けられた刃物が急に消えたみたいな気分だ。

 冗談だと分かっても緊張感が中々抜けない。


 ……そもそも、どこまでが本当で、どこまでが冗談だったのだろうか。


 席に着き一限目の準備を進めながら、玲香ちゃんの方を盗み見る。


 外を眺める玲香ちゃんの表情は分からない。

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