第6話
歴史上の偉人の逸話に、正気を疑うような話が残っているように。
特別な人間には少なからず変な部分がある。
そして、目の前にいる少女も特別な人間の一人で、わたしの想像を超えるような
分かっていたつもりだったけれど、その一言はあまりに
「ごめん……なんて言った?」
わたしの聞き間違いだと信じたくて聞き返す。
玲香ちゃんのポーカーフェイスからは信じられないような、爆弾発言が聞こえたような気がする。
「……今日の
……聞き間違えじゃなかったっ!
会話の流れを考えると、あまりにアグレッシブな話題転換。
他の人の発言なら「ツッコミ待ちかな?」とも思うけれど、そんなくだらない冗談を言わないのが玲香ちゃんクオリティだ。
「一つ目、授業中の大きなあくび。……今日は眠そうだったわね」
「ちょっ」
当たり前のように始まる三選の発表。
昨日は告白のことで頭がいっぱいで眠れなくて、授業中に何回もあくびをしちゃったけれど。
よりによって、玲香ちゃんに見られているなんて……。
「二つ目、猫のものまね。……あなたは仕草が一々かわいいわ」
「へっ?」
アホっぽさを出すためにだけに羞恥心を捨ててやった、猫のものまねをそんな風に言われると逆に恥ずかしい。
混乱するわたしを
「三つ目、クレープ屋でクリームが――」
「タイム、タイム、ターイム!」
腕でバツの字を作っての体当たりする。
倒すくらいの気持ちで突撃したつもりだったが、簡単に受け止められた。
結果的に抱き着くような形になってしまい、離れようとするが腕に力を込められて離れられない。
「……何かしら?」
凛とした瞳がこちらを覗き込む。
至近距離で見つめられて怯みそうになるが、何とか口を動かした。
「なんで急に、その、わたしの……かわいいところ三選なんて始まったの!?」
「……恋人同士は、互いを褒め合わなくてはいけないと聞いたわ」
いや……そうかもしれないけれど。
それでも恋人同士で別れ際に『かわいかったところを三選』を発表だなんて聞いたことがない。
「褒め合わなくてはいけないって……。そんな、義務みたいな感じで褒めなくてもいいから!」
「……義務ではなく、私の意思でかわいいと言っているだけよ」
「じゃあ、かわいいと思った時に言ってくれればいいから!」
叫ぶように言い切る。
端正な顔立ちが目の前にあるけれど関係ない。
玲香ちゃんの瞳に、負けじと見つめ返す。
目を逸らしたら負け……逸らしたら負け……。
「……あなたもそんな顔をするのね」
「あっ……」
指摘されてようやく気が付く。
すっかり演技のことなんて忘れて、素の自分が出てしまっていた。
今になって繕うわけにもいかなくて、回らない頭で次の言葉を絞り出す。
「その、で、電車間に合わなくなるからっ!」
「あ、百島」
腕を振りほどいて、情けないくらいの敵前逃亡。
玲香ちゃんが何か言いかけてような気がしたが、無視して駅の方へダッシュ。
振り返ってみても玲香ちゃんは追ってきて無かった。
やってしまった。
駅のホームで待っている間、少しずつ頭が冷えてくる。
人が多いからか、時間の割に暑かった。
……明日、どんな顔して玲香ちゃんに会えばよいのだろうか。
そんなことばかり考えていると、電車がホームに着いた。
人々の流れに沿って、わたしも電車の中へ吸い込まれてゆく。
フラフラとした足取りで座席に座る。
窓から駅前の通りを覗いてみても、玲香ちゃんの姿は見えなかった。
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