第5話

 大きく口を開けて、キャラメルクレープにかぶりつく。


 薄い生地の柔らかい食感。

 キャラメルソース&生クリームという甘味の王道である二種類が溶けて、口いっぱいに広がってゆく。


 甘党のわたしには、たまらない一品だ。


「ん~、甘い! おいひ~!」


 正直な感想が漏れる。

 情けないくらい口元が緩んでいるのが、自分でも分かる。


 頬についたクリームを指で取って舐める。


 こんなに甘くておいしいものを食べて、頬を緩ませない女子高生なんて、この世に存在しないだろう。


「……甘いわね」


 いた。それも対面に。


 イチゴクレープを食べても、玲香ちゃんはポーカーフェイスのままで、本当に甘いと思っているかと疑いたくなるほどだ。


 小さな一口を飲み込んだ玲香ちゃんが、コーヒーに口を付ける。

 動きが上品で、何だかわたしがはしたない子みたいだ。


「玲香ちゃんって、どこかの貴族だったりする?」

「……しないけれど。お金持ちの子があなたの好みなら善処するわ」

「違うから! わたしが金の亡者みたいじゃん!?」


 そんな風に思われるなんて心外だ。


 ……どう善処するつもりだったんだろう?


「食べ方が綺麗だなー、って思っただけ!」

「……そう。そういうあなたは口元にクリームがついてるわよ」

「えぇ、また!? どこどこ!?」

「……今取るから動かないで――」

「あ、とれた」


 再び指についたクリームを舐めとる。

 指摘されるとすごく恥ずかしい。つかないように注意しないと。


「…………そう」


 何だか残念そうに溜息を吐いてから、玲香ちゃんがイチゴクレープを食べる。

 一口がさっきよりも大きくなった気がする。


 あっ。


「玲香ちゃんもほっぺたにクリームついてるよ! ほらここっ!」

「なっ」


 手を伸ばして玲香ちゃんの頬からクリームを指で取る。

 反射的にその指を舐めようとして、ようやく気が付いた。


 ……これを舐めるのは流石に駄目だよね?


 だからと言って玲香ちゃんに舐めてもらうのもおかしい。


 紙か何かで拭ってしまうのが平和的な解決策だと思うけれど、クリームの量が多いから、それも勿体ない。


 八方塞がりじゃん!?


 助けを求めるように玲香ちゃんに、視線を送ってみる。


「……百島。私はクリームが好きよ」

「へ?」


 この状況ではあまりに唐突過ぎる一言。


 もしや、わたしに愛想を尽かしてクリームと付き合いだしたりするのだろうか。


「つまり、あなたは私の好物を頬から奪った……と言っても過言ではないわ」

「過言だよ!?」

「そのクリームは私に所有権があるはずよ」


 行き場を無くしていたわたしの腕を掴まれる。


 そんなにクリームが好きだったんだ!?


「分かった、玲香ちゃんのクレープにつけるから! それで良いよね!?」

「……良くないわ」


 抵抗虚しく、玲香ちゃんの唇がわたしの指をくわえこむ。


 生温なまぬるい感覚が人差し指を包む。

 舌先が指を撫でてきて何だかくすぐったい。


 時間としては五秒も咥えていなかったが、離れる時のちゅぱっという、唾の音が妙に耳に残っていた。


 感触が離れて数秒。


 玲香ちゃんは口元を拭って少し目線を逸らしながら言った。


「……流石に恥ずかしいわね」

「あ、うん……」


 気まずい無言の時間。


 いつもだったら、急いで何か話題を探すとこだが不思議と焦りはない。


 ……付き合いたての恋人みたいな距離感。

 

「ま、まさか、玲香ちゃんがそんなにクリーム好きだとは思わなかったよ!」

「……そう」


 自分の心の内を払拭するように声を上げる。


 何を考えてるんだ……わたしは。


 わたしの思いは演技で、騙し切ると決めたばかりなのに。


 今度は口元にクリームがつかないよう、注意しながらキャラメルクレープにかぶりつく。


 クリームが何だか甘すぎるような気がした。




「ありがとうございましたっ」


 入店時と同じ、店員さんの元気な声を背中に受けて店を後にする。


 今日一日、怒涛どとうの展開だったけれど、どうにか恋人として乗り切ることができた。


 大通りに出てしまえば駅はすぐそこだし、歩きで通学している玲香ちゃんとはお別れだ。


嬉しいやら、寂しいやら、明日から怖いやら。

自分でもよくわからない。


「……百島」

「ん、なに?」


 大通りまで繋がる住宅路で玲香ちゃんが足を止める。


 辺りが暗くなってきていて、表情がよく見えなかったけれど、ほんの少し笑っているような気がした。


「……今日はありがとう。楽しかったわ」


 完全な不意打ち。


 返事をしなきゃ……と思ったけれど、上手い言葉が見つからない。


 玲香ちゃんが、こんな真正面から伝えてくれたんだ。

 わたしも、正直な気持ちを伝えるべきなのかもしれない。


 そんなことを考えているうちに、玲香ちゃんが再び口を開いた。


「――だから……今日の百島ひゃくしまが、かわいかったところ三選を発表させてもらうわ」


「……は?」

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