第8.5話

 お姉ちゃん――黒姫玲香くろひめれいかには敵わない。

 子供の頃から勉強も運動も容姿ですらも、あたしたちの差は歴然だった。

 

 勝てないのが当たり前。

 それが、あたしたち姉妹の関係性ってやつ。


「……千春ちはる。友達を外出に誘う時に、あなたならどんなメッセージを送る?」


 夜のリビング。

 エアコンの効きが良いソファーの上で少女漫画を読んでいると、お姉ちゃんが突然そんなことを聞いてきた。


 お姉ちゃんがあたしに意見を求めるのはかなりのレアケース。野球場でホームランボールを掴む確率よりレアかもしれない。


 困惑しつつも無難ぶなんに答える。


「普通に《一緒に出掛けよー!》とか」

「いきなり送って迷惑じゃないかしら?」

「友達なら迷惑じゃないと思うけど」

「……そう。ありがとう」


 納得したのかお姉ちゃんは自室に消えて行く。

 一体なんだったのだろうか?



 数分後、お姉ちゃんがリビングに戻ってきた。


 読んでいた少女漫画は、ヒロインが想い人に電話でデートに誘おうとドギマギするシーン。

 この巻も終盤で盛り上がりどころだ。


 ……だけど視界の端にリビングを彷徨さまよう、お姉ちゃんの姿が映る。

 

「お姉ちゃん。どしたの?」

「……やっぱりメッセージではなくて電話で伝えたいのだけど、千春ならどうするかしら?」

「どうって……電話すればいいじゃん」

「……そうするわ。ありがとう」


 自室に戻るのかと思ったら、またリビングを右往左往しだす。

 相手は一体どこの誰だろう。


 厳しい先輩? 同じクラスの不良?

 ……どんなに想像を巡らせても、あそこまで躊躇ちゅうちょする姿は思い浮かばない。


 ふと、少女漫画に目を落として――あたしの脳内に電流が走る。

 

 ……まさか……男?


 恋愛なんて興味なさそうにしているお姉ちゃんだけど、仮にも花の女子高生だ。

 浮いた話の一つや二つあってもいいはず。


 友達というのは建前で、すでに付き合っている彼氏がいるのかもしれない。


 心の準備が出来たのか、お姉ちゃんが部屋に戻って行く。

 バレないよう後をつけていき、部屋のドアに張り付いて聞き耳を立てる。


「……もしもし。百島」


 相手の名前はヒャクシマさんという人らしい。


 ドア越しだからか会話の内容までは把握できない。

 お姉ちゃんがもっと声を出してくれれば聞こえるんだけどなぁ。


「……ええ。それでいいわ」


 辛うじて聞こえる言葉は相槌あいづちばかりで、どんな会話をしているのか分からない。


 お姉ちゃんは物静かなタイプだから、彼氏(仮)のヒャクシマさんはグイグイ押しの強いタイプなのかもしれない。


「……もう少しだけ話してたいわ」


 小学校の頃から少女漫画を読み続けてる、あたしの乙女センサーが電波を受信。


 今の台詞は間違いない。

 ヒャクシマさんがお姉ちゃんの想い人だ。


 ただ、そうなると気になるのは二人の関係性。


 連絡先を交換しているくらいだから、それなりの仲だとは思うけれど、付き合っているとは限らない。


 ヒャクシマさんが凄まじい陽キャのプレイボーイで、女の子に囲まれている人気者……という可能性もある。


 他の女子からもアタックされていて、デートも毎週行ってるみたいな。


 ……完全に女の敵じゃん、ヒャクシマさん。


 あたしの想像が悪い方に向かっていると、突然ドアが開いて身体ごとお姉ちゃんの部屋に転がる。


 さかさまの視界にお姉ちゃんの戸惑とまどったような表情が映った。


「千春……? そこで何をしているの?」

「ハロー、お姉ちゃん。……廊下で漫画読みたい気分だったから」

「そう」


 危ない危ない。

 あたしの機転がなければ盗み聞きしてるのがバレるところだったろう。


 例のヒャクシマさんのことを探らないと。


「そういえば、お姉ちゃん明日は友達と出掛けるんだよね?」

「ええ。……昼食は友達と食べてくるから、明日は父さんも母さんもいないし適当に食べて」


 

 都合がいい。ヒャクシマさんに接触するまたとない機会だ。


 どんな奴かあたしが見極めてやる。


「……あたし明日はお姉ちゃんが作った料理が食べたいな〜!」

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