第9話

 わたしが物語のヒロインだったら、初デートの装いにクローゼットから服を並べて思い悩むのだろう。


 現実のわたしはというと、デートに着て行けるような服は都会に遊びに行く用に買った、Tシャツとスカートの一セットしかない。


 つまり、選択肢自体が存在しないのだ。


 そんなわけで服で悩み、遅刻しそうになるなんてイベントは見事に回避。

 電車も通学する時と同じルートだから間違える心配もない。


《着いたよー!》


 駅を出てメッセージを送る。

 具体的に駅のどこで待ち合わせるか決めていなかったから、とりあえず辺りを見渡してみる。


 彼女の姿は一瞬で見つかった。


 いつも通り、喉の奥で明るいトーンを作る。

 「玲香ちゃーん!」と元気いっぱいに声を掛けようとして直前で踏みとどまった。


 玲香ちゃんも、わたしに気づいたようで近づいてくる。


「……私服はなんだか新鮮ね。似合っているわ」

「えっ、そう? 玲香ちゃんの方こそハチャメチャにお洒落だね!」

「……ありがとう」


 玲香ちゃんは灰色を基調としたスマートなコーディネート。

 配色は全然派手ではないのに、ここまで存在感があるのはスタイルと顔が良いからだろう。


 二人で並ぶと、まるでお忍び姫と小間使い。

 「姫様、お飲み物を持って来ましょうか!」とかしずいてしまいそうだ。

 わたしが知らないだけで、数分後に王子様がお迎えに来たりするのだろうか。


「……百島?」

「はい、何でしょうか姫様っ!」

「……は?」

「あ、ごめん、何でもない」

「あなた……時々、突拍子もないことを言うわね」


 妄想に浸っていたせいで、変な返事をしてしまった。

 突拍子もないこと言うって玲香ちゃんにだけは言われたくない。


「それより、お昼なんだけど近くのファミレスでいいところがあってさ」

「……その話なのだけれど」


 昼食の話題に移すも、すぐに遮られる。

 もうすでに嫌な予感はしている。


「……私の家で食べない?」

「えっ」

「……私が作るから」

「えっ、えっ」


 玲香ちゃんの家?

 それも手料理?


 正直食べてみたいけれど、昨日、一昨日、このパターンで後悔し続けてるんだ。

 今度という今度こそはハッキリ断らないと。


「……それと妹が家で一人なの。……駄目なら妹に一人で食べてるように連絡を入れるわ」

「い、妹さん?」

「ええ」


 玲香ちゃん妹さんいたんだ……。


 パッと頭の中に浮かんできたのは、玲香ちゃんをそのまま小さくした女の子が一人で昼食を食べている光景。


 ……何だか、断るのが申し訳なくなってきた。


「……今日に限って、私の料理を食べたいと騒ぎ始めたのよね」

「そうなんだ……。折角だしお邪魔しちゃおうかな。玲香ちゃんの手料理食べてみたいし!」

「……そう。助かるわ。妹には友人が来ると伝えておくから」

「うん。分かった」


 わたしの心の薄弱さで断れるわけもなく、玲香ちゃん宅についていくことになってしまった。


 昼食の予定地だったファミレスが遠ざかっていく。

 わたしが立てていた計画がデート初手から崩れ去るようだった。



「……そこの紺色のが私の家よ」

「うわっ、本当に歩いてすぐだね」


 駅から歩いて数分。

 近いとは聞いていたけれど、玲香ちゃんの家にはすぐについた。


 もし、お城みたいな豪邸だったらどうしようかと思っていたけれど、そんなことはなく一般家庭といった雰囲気だ。


「ただいま」

「お邪魔しまーす」


 玲香ちゃんにならって内心ビクつきながら挨拶をする。

 向かって右側のドアがゆっくりと開き、玲香ちゃんの妹さんらしき人物が顔を覗かせた。


「こんちわっ。お姉ちゃんの妹の千春ちはるです」

「あ、こんにちは。百島ひゃくしまです」


 友達の妹との距離感が分からなくて、ぎこちない挨拶になってしまう。


 千春ちゃんは、お姉ちゃんの手料理をねだる妹……と聞いていたから、小学生くらいを想像していたけれど、実際は身長もわたしと変わらないくらいだった。


 玲香ちゃんとはまた違うタイプの美少女で、ぱっちりとした目に、毛先を遊ばせた洒落た髪。

 明るい色の髪留めが良く似合っていた。


 ……なんで一つの遺伝子からタイプの違う美少女が生まれて来るんだろう。

 後でお母さんにも会ってみたい。


「……じゃあ、百島。私は準備して来るから、そこに座っていて」

「うん」


 玲香ちゃんに案内されたのは、中々に座り心地のいい白いソファ。

 わたしは料理は全くできないので、おとなしく待つしかない。


 ただ――隣に座る千春ちゃんの視線が気になって仕方ない。

 黒姫くろひめ家の血筋は人の顔を無言で見つめないと気が済まないの?


 もしくは、「お姉ちゃんの友達なのにかわいくないな、こいつ」とか思われているのだろうか。


 だとしたら、今すぐ二人の顔が良すぎるだけだと伝えてあげたい。


「あの……百島さん」

「何かな?」


 にっこりと笑顔を作る。

 なんだかんだ玲香ちゃんの血縁だ、千春ちゃんからも圧のようなものを感じる。


「兄弟とかいますか?」

「……? いないけど」


 質問の意図が分からない。


「失礼します!」


 急に頭を下げたかと思ったら、千春ちゃんさっと手を伸ばす。

 勢いよく伸びてきた手は、わたしの胸に着地して、何か確認するかのようにまさぐられる。


 ――って、わたし今、女の子に胸を揉まれてる!?

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