第24話
いつの間にか逃げ癖がついていた。
頭では良くないことだと分かっていても、染みついてしまった悪癖は簡単には消えてくれない。
そんなわけで、プールサイドに上がったわたしは息を
人混みの中をあてもなく歩き回る。
ぐちゃぐちゃになっている頭の中が、歩くにつれて徐々に落ち着き始めた。
足が止まった。
……何やってるんだわたし!?
「も、戻らないと……」
恋人を置き去りにするなんて前代未聞すぎる。
玲香ちゃんが滑り終える前に戻らないと!
「んー、んー!」
「っ!?」
来た道に
足元を見下ろすと、小学生にもならないような幼い女の子がポロポロと涙を
髪をピンク色のリボンでまとめていて、手に魚型のフロートを抱えている。
辺りに
近くに大きな波のプールがあることから察するに、この幼女は迷子になのかもしれない。
どちらにせよ放っておくわけにはいかないだろう。
「ままぁ……」
「ママがどこか行っちゃったのかな?」
幼女がこくりと首を縦に振る。
「お名前は言える?」
「……ぇいか」
「えいかちゃん?」
「れ・い・か!」
「れ……れいかちゃん!?」
聞き馴染みのありすぎる名前だ。
決して珍しい名前ではないから驚くことではないのだろうけど、狙いすましたようなタイミングだったから動揺する。
「そ、そっか、れいかちゃんか~。迷子センターでお母さんが待ってるかもしれないから、お姉さんと一緒に行こっか」
「れいかじゃなくて、ままが迷子なの!」
「そうだよね、ごめんね、ごめんね」
小さい子と触れ合う機会なんてほとんどないからたじたじ。
お姉さんらしいところを見せないと。
「れいかちゃん歩ける? お姉さんがおんぶしよっか?」
「かたぐるまがいい!」
「か、
「かたぐるまがいい!!」
「うんうん、するね肩車。泣かないで、泣かないで」
言われるがままに肩車をする。
わたしの脆すぎる身体が持つか心配だったが、れいかちゃんは重さなんて存在しないみたいに軽くてひょいと持ち上がった。
「ほーら、高いでしょ!」
「ぱぱのかたぐるまより低ーい」
「ごめんって……」
ヒエラルキー最弱のわたしに無邪気な言葉が突き刺さる。出会ったばかりのはずなのに、格下認定されている気がしてならない。
小さな
まさか……。
「……おなかすいた」
「ですよね!」
頬を引っ張り、精一杯のお腹すいたアピールをしてくるれいかちゃん。
迷子センターにお菓子って置いているのかな。
そんな思考を遮るようないい匂い。
わたしが誘惑に負けそうになった例の屋台が立ち並んでいた。
「お、おいしそう……!」
今度はわたしのお腹が大きな音を立てた。
「「おいひ~!!」」
やっぱり、食文化とは素晴らしい。
食を前にすればヒエラルキーの上下なんて関係なく、同じように
……っていうのは大袈裟かもしれないけど、ベビーカステラのとろけるような甘さは本物だった。
パラソルテーブルのおかげで暑さも半減。
ここがこの世の天国だったのか……。
わたしもれいかちゃんもパクパクと食べるから、買った一袋はすぐになくなった。
電光石火の
「もうひとふくろ!」
「だーめ、お昼ご飯が食べられなくなっちゃうよ」
「……ままみたい。いっぱい食べれるのに」
ぷくーっと頬を膨らませて反抗の意思を見せてくる。
お母さんに言われてるなら、なおさら食べさせるわけにはいかない。
「それならお母さん見つけて、お昼ご飯いっぱい食べようね」
「やだ」
「お母さんも心配してるよ?」
「してないもん」
「ええ?」
やけに
迷子になったらお母さんに会いたくなるものだと思っていたけれど、むしろ会いたくなさそうに見える。
「……まま、おこってたもん」
「
「ままがダメって言って、れいかが嫌って言って、ままがおこって、そしたらままがいなくなっちゃった……」
薄っすらとその目尻に再び涙が浮かんだ。
詳しくは分からないけれど、親子間でいざこざがあって、その直後に迷子になってしまったということだろうか。
「だからいっしょにいるの!」
飛び込んできたれいかちゃんを抱きとめる。
暴君様の嬉しすぎるデレだ。このまま、れいかちゃんと遊ぶのも間違いなく楽しいと思う。
でも――。
「……お母さんもれいかちゃんのこと好きだから、怒ったんじゃないかな?」
「きらいじゃないと、おこんないもん」
「うん。……でもね、大人って素直じゃいから、つい突き放すようなこと言っちゃうんだよ」
「つんでれってやつ?」
「知識の偏りがすごい……!?」
良い感じにまとまりそうだったのに台無しだ。
コホンと咳ばらいを挟んで真面目なトーンに戻す。
「そうだね。ツンデレってやつだよ。だから、今回はママのこと許してあげようよ」
「……わかった」
れいかちゃんも納得してくれたみたいで一件落着。
後は迷子センターに送り届けてお母さんの迎えを待つばかりだ。
「かたぐるま……」
「はいはい」
なんだかんだ頼れるお姉さんポジションに納まれたようだ。
小さい子に
「おねえさん、おなまえは?」
「んー、わたしはね――」
「……百島……!」
短い
わたしの名前を呼ぶ人物なんて一人しかいない。
「れ、玲香ちゃん!?」
そう、本家の玲香ちゃんだ。
……いや、どっちが本家とかはないけど。
刃物のような視線がいつもと異なる雰囲気を帯びていて、僅かに息が乱れている。
早足でわたしの傍まで来た。
明らかに様子がおかしい。
怒られる?
嫌われる?
胸に渦巻いてた不安が戻ってきて、緊張感を加速させた。
言い訳すらできないわたしを目の前に玲香ちゃんは――乱暴に感じるくらい力強く抱き寄せた。
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