第19.5話
「ねえ、
「……どうして?」
「いや、仲良さそうだったじゃん」
リビングで宿題と向き合っているお姉ちゃんにさりげなく探りを入れてみる。
百島さんに「プールに誘ってあげてください」とは頼んでみたものの、その後どうなったかまでは聞いてない。
シャーペンを動かす手を止めてこちらを見た瞳は、どこか物憂げだった。
「……夏休みの終わり際まで遠方のお
「へー……って、は? 夏休みの終わり際まで?」
「……ええ。最後の数日は遊べるみたいで、プールに誘われたけど」
目を丸くするあたしを尻目に、再びお姉ちゃんはワークシートに視線を落とした。
しばらく恋人と会えなくなったとは思えない態度だけど、よく見るとペンの進みが悪い。
お姉ちゃんなりにショックかもしれない。
「じゃあほとんど会えないわけ? お姉ちゃんそれでいいの!?」
「……
お互いにドライ過ぎない……?
恋人同士って何というかもっとこう……隙あらばラブラブしているイメージだ。
実際、この間は部屋でエッチなことしてたし。
……
ありえる。お姉ちゃん無愛想だし。
「あるって、引き留める権利! 恋人でしょ?」
「……百島と付き合っていること、千春に話したかしら?」
「今それはどうでもいいの!」
「……そう」
姉が倦怠期の末に破局――なんてことにはなって欲しくない。
お姉ちゃんはこの超ピンチな状況が分かってないみたいだし、あたしがどうにかしないと。
タイミングを見計らったかのように、お姉ちゃんのスマホが鳴った。
「……百島からだわ」
「えっ!?」
後ろから覗き込んでみると、美味しそうなどら焼きの写真に、《どら焼き!!》とシンプルなメッセージが添えられていた。
隅の方に写っている菓子袋から、どことなく高級感が出ている。
「どら焼きの写真……?」
「……お祖母様の家で出てきたのかしら」
《
《うん。早めに出発したからね》
二人のやりとりは、ごく平凡な女子高生といった感じで進んで行く。
お姉ちゃんからのメッセージが愛嬌ゼロなせいで、恋人らしさは微塵もない。
愛想を振り撒く姿なんて想像もつかないけど。
そんな思考を巡らせていると、お姉ちゃんが音もなく立ち上がった。
「あれ、どこ行くの?」
「……お手洗い」
「いってらっしゃーい」
お姉ちゃんが席を外すと、置いて行かれたスマホが主張するようにピロンと明るい音を出す。
やりとりの続きが送られてきたみたいだ。
……何かするなら、今がチャンスじゃない?
《大好き。早く会いたい》
スマホのロックを素早く解除。思い切ってそう送信した。
百島さんから返信が来る前にお姉ちゃんが戻ってきたので、何食わぬ顔で元の位置に戻る。
スマホを手に取ったお姉ちゃんは、小さく溜息を吐く。
「……千春。これはどういうことかしら」
「ナニナニ? あたしは知らないよ?」
「……そう」
あくまで知らぬ存ぜぬを貫き通す。
ところが、お姉ちゃんは照れることも驚くことも無くメッセージを削除した。
《妹が送った》
……バレてるじゃん。
まあ、状況から考えればそうなるよね。
《ビックリしたー! 玲香ちゃんの頼みなら今からでも帰ろうと思っちゃった》
「お姉ちゃん、チャンスだよ。言えば百島さん帰って来てくれるって!」
「……困らせるだけよ」
「困らせてもいいじゃん。百島さんはそんなことでお姉ちゃんのこと嫌いにならないでしょ?」
「……分からないわ。……1%だろうと嫌われる可能性があることは避けたいの」
何事も
嫌われたくなくて本音を言えなくなることは、あたしも山ほどあるからそれ以上は何も言えない。
「……部屋に行ってるわ」
ワークシートを開いたまま、お姉ちゃんがリビングから出て行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
百島桃菜は私に何かを隠している。
ぼんやりとした疑念は、いつしか確信に変わっていた。
『恋人』という言葉を出した時の誤魔化すような苦笑い。
スキンシップに対しての反応の悪さ。
極めつけは、どら焼きの写真。
お祖母様が近所で買ってきたものだと言っていたけれど、傍に置いてあった菓子袋の店名で検索すると隣県の住所が出てくる。
百島の話だとかなり遠方の家だと聞いていたけど、この距離なら三時間も掛からず着いてしまいそうだ。
夏休みの間、私と会いたくない……ということかもしれない。
『困らせてもいいじゃん。百島さんはそんなことでお姉ちゃんのこと嫌いにならないでしょ?』
妹の言葉を脳裏で反芻する。
私が正直な思いを伝えたら、百島は受けとめてくれるだろうか。
《それなら帰ってきて。会いたい》
送信ボタンを押して数秒。
既読はついたもののレスポンスは来ない。
やはり困らせてしまっているのだろう。
自分の中で勝手にそう結論づけて、メッセージを取り消した。
《ごめんなさい。また妹が勝手に送って》
こんな逃げ道を用意している自分が情けない。
《千春ちゃんもイタズラ好きだね!》
《そうね》
適当に返信してスマホの電源を切る。
勉強机の上に置きっぱなしになっていた、一冊の本が目に入った。
『猫でもわかる恋愛入門〜完全版〜』と題されたそれは、百島に告白する前に買った恋愛指南書だ。
スキンシップを増やす。
デートを終わりに恋人の良いところを五個褒める。
恋人の趣味に興味を持つ。
ペアルックの物をプレゼントする。
どれもこの本から学んで、私が実践したものだ。
二人で遊びに行く日に思いを
百島が本当は私のことを好ましく思っていないのなら、次のデートで振り向かせたい。
しばらく宿題には手が付かないだろう。
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