第19話
一週間はあっという間に過ぎ去って、気づけば夏休み初日。
あれから玲香ちゃんとは何度か放課後に買い食いしたくらいで、進展も無ければギクシャクすることも無かった。
休暇中くらいはプレッシャーや罪悪感から解放されて羽を伸ばす……というわけにはいかない。
「
「食べる食べる。ありがとう、おばあちゃん!」
独特な畳の匂いに、哀愁を感じさせる木製丸テーブル。
夏に抗うための扇風機は壊れかけで首がまわらなくなってしまっている。
おばあちゃんの家はいつ来ても装いを変えることなく、ここだけ時間が止まっているみたいだった。
「いただきまーす!」
テーブルの上にどら焼きと麦茶が置かれる。
どら焼きは近所の和菓子屋で買ってきたと思われる、白あんが詰められた人気のやつ。
わたしが来るとなると、おばあちゃんはいつもこれを買ってきてくれる。
黒あんとはまた違う上品な甘さに、絶妙にしっとりしている皮部分。
麦茶との相性もばっちりだ。
「んんー! ……あ、写真も撮らないと」
そう、今日はただ遊びに来た訳ではない。
画角内に畳や風鈴が写るように撮れば、おばあちゃんの家にいる証拠の出来上がりだ。
《どら焼き!! おいしい!!》
写真にメッセージを添えて玲香ちゃんに送る。
かまってちゃんっぽいかなと、反省している間に既読がついた。
《
《うん。早めに出発したからね》
本当は自転車で三十分掛からないくらいの近所なんだけどね。
さっき着いたばっかりだし。
《玲香ちゃんは何やってたの?》
《宿題》
玲香ちゃんらしいっちゃらしい。
わたしだったら大型休暇の初日から宿題に手を着けることなんて絶対できない。
……そのせいで毎年終わらすのはギリギリになるわけだけど。
《えらーい! わたしいつも滑り込みセーフだよ》
《私のできる範囲は手伝うけれど》
《ありがとー!》
手伝ってもらったら距離をとるにとれなくなるし、頼むことは無いとは思うけど。
例のニヒルな猫のスタンプを送ってみるが、シチュエーションと合ってなさすぎてシュールだ。
《大好き。早く会いたい》
「はいっ!?」
画面越しの思わぬ言葉に声が出る。
戸惑っていると、文面がパッと消えて無くなった。
《妹が送った》
なるほど、千春ちゃんの仕業か。
この間も急に胸揉まれたし、意外と突拍子もない行動をする子だ。
《ビックリしたー! 玲香ちゃんの頼みなら今からでも帰ろうと思っちゃった》
既読は付いているのだけれど返事が来ない。
ちょっとした冗談のつもりだったけれど、返しづらかったかな。
一分、二分経った辺りでようやくメッセージが送られてくる。
《それなら帰ってきて。会いたい》
……困る。
ここまで誰かから必要にされるの初めてだから、揺らいでしまう自分がいる。
今ならまだ間に合う。理由を付けて帰ってきたことにすれば、玲香ちゃんと学生らしい楽しい夏休みを過ごせるのかもしれない。
文字を入力する指先が震えていた。
どら焼きの存在すらも忘れて葛藤していると、再び玲香ちゃんのメッセージが撤回された。
これって……。
《ごめんなさい。また妹が勝手に送って》
身体から力が抜けてゆく。大きく息を吐いた。
安堵したのか落胆したのか、自分のことなのに分からない。
とりあえず、焦って返信しなくてよかった。
《千春ちゃんもイタズラ好きだね!》
《そうね》
トラブルはあったけれど、玲香ちゃんにどら焼きの写真は送れたし作戦はひとまず成功。
明日からは定期的に、それっぽい写真を送れば疑われることもないだろう。
「あれ? 桃菜ちゃん、おいしくなかったかい?」
「あ、ううん。友達と連絡してて。今食べるよ」
食べかけだった、どら焼きを手に取る。
ちっちゃな頃から変わらない甘さ。変わらないおばあちゃんの家。
わたしすら、何も変わってないんじゃないかって不安になる。
……帰ったら少しでも宿題をやっとこ。
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