第18話

 善は急げ。

 メッセージアプリから電話を掛けると、四コール目で通話が繋がった。

 端末の奥から聞きなれた抑揚の無い声がする。


『……もしもし?』

「もしもし、玲香ちゃん。相談というか昼間の話なんだけど……今、大丈夫?」

『……! ……ええ』


 電話越しに階段を上がるような音が聞こえた。

 玲香ちゃんの部屋は二階にあったはずだから、リビングから移動しているのかもしれない。


 ドアを開けるような音がするのを待ってから話始める。


「夏休みにまた遊びに行こうって約束したよね?」

『……ええ。……漫画を借りる約束もあるから……あなたの家まで遊びに行こうと思うのだけれど』

「あー、そうだよね」


 そういえば本屋さんでそんな約束もしていた。

 楽しみにしてくれているところ悪いけれど、漫画を貸すのはもう少し先になってしまいそうだ。


「その、実はね……」

『……』

「おばあちゃんの家に遊びに行くことになっちゃって。休み明けまで遊べなくなっちゃった」

 

 言った。言ってしまった。

 わたしが思いついた玲香ちゃんと距離をとるための嘘。


 勿論、夏休みにおばあちゃんの家に遊びに行く予定など一日たりともない。


 今まで嘘なんて何度も吐いてきたはずなのに、心臓がバクバクと音を立てる。


『……それが、あなたの悩みなの?』

「うん。夏休みの間、玲香ちゃんに会えなくなっちゃうな~って思って」

『……分かったわ』


 分かったって……どういうことだろう?

 納得してくれたってこと?


『……いつから行くのかしら?』

「夏休み初日からだって」

『……いつ帰ってくるのかしら?』

「夏休みが終わる三日か四日前かな」


 動揺する様子も無く尋問じんもんみたいに淡々と話が進んで行く。

 実はわたしの嘘はバレてて、会話の粗探しをされている気分になる。


 スローテンポな会話が鼓動を大きくする。


『……あなたの祖母宅の住所を送ってもらってもいいかしら?』

「来るつもりなの!?」

『駄目かしら?』

「えっと、その、おばあちゃんの家がめちゃくちゃ遠いからさ! 日帰りも難しい距離だよ!?」


 駄目に決まっている。

 そもそも、わたしのおばあちゃん本当は近所に住んでるから送る住所も無いし!


『……泊まりで行くわ』

「だ、だめ! おばあちゃんは家族以外の人間が泊まると、怒り狂って箒を振り回して家の中を破壊しつくすから」

『……難儀なお祖母ばあ様ね』


 あの玲香ちゃんが若干引いてるような気がする。

 笑顔で優しく出迎えてくれるおばあちゃんの姿を思い出して胸が痛む。


 ごめん! 

 言い訳下手で本当にごめん、おばあちゃん!


「あ、でも漫画は貸すよ。明日にでも学校に持っていくね」

『……ええ。……そんなことよりも、逆に私の家に泊まり来るのはどうかしら?』

「へ、玲香ちゃんの家に?」


 完全にわたしの虚をつくような提案。

 恋人としては素晴らしい提案なのかもしれないけれど、これでわたしが泊まりに行ってしまっては本末転倒もいいところだ。


『あなたの食事代くらいなら出せるわ』

「うーん、お金出してもらうのは悪いし、おばあちゃんも楽しみにしてくれてるみたいだから……」

『……それなら仕方が無いわね』


 諦めるかのように小さな吐息が聞こえてきた。

 胸の中でうずく罪悪感を押さえつけて「ごめんね!」と甘い声を出す。


『……最後の数日間は出掛けられるのね?』

「わたしが宿題ちゃんとやってたらだけどね」

『……そう。それなら予定は空けておいて……またデートに誘うわ』

「う、うん」


 直接デートと言われたのは初めてな気がする。

 やっぱり玲香ちゃんもデートだと思ってくれてたんだ。


「じゃあ、また明日。学校でね!」

『……ええ。また明日』


 電話を切って大きく深呼吸する。

 風船が萎むみたいに全身から力が抜けて、フローリングに倒れ込む。


 通知音が聞こえて飛び起きた。

 玲香ちゃん……ではなくて、千春ちゃんからのメッセージが届いていた。


《夏休みに向けてお姉ちゃん水着の準備してるみたいなので、プールに誘ってあげてください!》

《口下手な姉ですけど、お願いします!》


「……え」


 続けざまに、流行はやりのゆるキャラがお辞儀をしているスタンプも送られてくる。


 そんな事言われても、今しがた遊べないって本人に伝えたばかりだ。

 タイミングが悪い。


 ……玲香ちゃん、そこまで楽しみにしてくれてたんだ。

 チクリ、チクリと罪悪感が何度も主張してわたしを責め立てる。


 千春ちゃんに適当なスタンプを返して、画面を玲香ちゃんとのやり取りに切り替える。


《最後の数日プールにいかない? ウォータースライダーとかある大っきいとこ!》 


 既読になったのを見て後悔した。

 ……ああ、何でいつもわたしはこうなんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る