第21話

 小学校の頃は夏休みの宿題に絵日記があった。

 年相応な文章と下手くそな落書きで毎日埋めていたのを覚えている。


 あの頃は友達もいっぱいいて、『今日は〇〇ちゃんと遊んだ』、『今日は△△くんとお祭りに行った』とか思い出を綴った。


 今のわたしが絵日記を書いたとしても『寝た』とか『漫画を読んだ』とかばかりの、中身のないものなるだろう。

 そんな代わり映えのない毎日のせいか今年の夏休みは随分短く感じた。


 夏休みもあと四日。

 そう、約束の日が来てしまったのだ。



「……今年は夏休みが長く感じたわ」


 小鳥のさえずりが聞こえてくる早朝。

 駅のホームで電車を待っていると、玲香れいかちゃんが呟いた。白を中心に組まれたコーディネートは見慣れた姿とは違いデート服らしい印象だ。

 独り言かもと思ったが、そうではないらしい。


「分かる! わたしも今年はそうだったよ!」


 とりあえず同調しておく。

 こういうときは肯定するのがベター。


 間違っても「えー、わたしは短く感じたな~」とか言っちゃダーメ。玲香ちゃん全肯定マシーンとなるのだ。


「……大切な人と会えない時間は長く感じるものなのね」


 夏の熱気が一瞬で凍りつく。


 ……大切な人って……わたしのことだよね?

 こればかりは簡単に「そうだね!」と肯定できずに口ごもる。


「……来たようね」


 踏切のサイレンみたいな音が聞こえてきて、遠くから車体が見えてきた。

 ゆっくりと近づいて来る電車は、いつもよりも少し大きい気がする。


 中から同い年くらいの数人が降りて来て、つい視線を逸らしてしまう。知り合いではなさそうだ。よかった。


「……乗らないの?」


 開け放たれた扉の前で固まるわたしに、玲香ちゃんが疑問を口にする。


「乗る乗る。ちょっと、ぼーっとしちゃった!」

「……そう」


 圧に押されるように電車に乗り込む。わたしに続いて玲香ちゃんもホームと電車の間を軽く飛んだ。


 早朝だからか冷房は弱めで快適な温度。

 ウトウトと舟を漕ぐサラリーマンの前を通り過ぎて、端っこの席に二人で座る。


 外の風景がゆっくりと動き出す。

 静かな車内で、先に口を開いたのは玲香ちゃんだった。


「……その服、似合っているわね」

「ありがとう~。これお気に入りなんだ! 玲香ちゃんも似合ってるよ」

「……そう」


 喜んでみせたはいいものの、わたしの服装は近所で買ったボーダーのシャツに、ピンクのパーカー。とどめは夏休み前に遊んだ時にも着てたズボン。


 どう考えてもオシャレと程遠い服装だ。

 玲香ちゃんのデート服と比べると、ファッションと呼ぶのもおこがましいだろう。


 恋人として、お世辞でも褒めてくれる玲香ちゃんの優しさが痛い。


「……少し、そっちに寄ってもいいかしら?」

「うん」


 半身分くらい空いたスペースを玲香ちゃんが詰めてきた。

 全然少しじゃない、肩がくっつくような距離だ。久しぶりのスキンシップに身体がこわばる。


 隣からお風呂上りみたいな爽やかな香りがするのに、わたしからは朝急いで吹きかけたファ○リーズの匂いしかしない

 美少女って本当に良い匂いなんだ……。


 気を紛らわせようと脳内会話デッキの中から話題を探す。


「楽しみだね〜! 家族以外と遠出するの久しぶりかも」

「……私もよ」

「回りたいところとか決まってる? わたしは断然ウォータースライダー!」


 用意していたパンフレットを出して、表紙に大々と写るウォータースライダーを指差す。


 わたしたちが向かっているのは、県外にある超大型レジャー施設。

 テーマパークにプールが併設されていて、夏らしさ満点のアトラクションが楽しめるらしい。


 午前はプール、午後は遊園地で遊ぶ予定だから集合時間も自然と早くなった。


「……観覧車に乗ってみたいわ」

「遊園地の定番だよね。じゃあウォータースライダーと観覧車は確定と」


 パンフレット上の文字に丸をつけてゆく。


 ここまで大規模なレジャー施設に行くのなんて初めてだから、気分も浮ついてくる。だけど、思った以上に広くて一日で全部回るのは難しそうだ。


「広すぎてどこ回るか迷っちゃうね」

「……効率的なルートを幾つか調べてきたわ」

「調べてきてくれたの!?」

「……アトラクションの待ち時間にブレがあるだろうから、予定通りにいくかは保証できないけれど」

「十分すぎるよ! ありがとう~!」


 リュックから出てきた大きめのメモ帳には、綺麗な文字でアトラクションの名前と予想される待ち時間、それを踏まえた上でのルートがつづられていた。

 昼食のお店の候補まで書かれていて、わたしの好きそうな甘いものにマーカーペンで線が引いてある。


 流石は優等生。人生行き当たりばったりのわたしとは違って計画的だ。


「すっごいっ! パンフレットいらずじゃん!」

「……喜んでもらえたなら良かったわ。……こういうのは得意なの」


 メモ帳をペラペラとめくっていくと、一転してボールペンだけで書かれた無機質なページが目に入った。

 気になって文字を読もうとした瞬間、玲香ちゃんの手が遮った。


「……そのページは……見ないで」

「ご、ごめん」

「私も言っていなかったから。……見た?」

「えっと、見てないよ?」

「……そう」


 実際は、手の隙間からしっかり文字が見えてたけれど、そんなことは口が裂けても言えない。


 ・スキンシップを増やして意識してもらう。

 ・私服や水着姿の感想を言う。

 ・恋人として一段階進む。


 他にもページ丸々使って大量のメモがあったものの、わたしがハッキリ見えたのはその三つだけ。


 今日のデートに対するメモなのは一目瞭然いちもくりょうぜんだ。

 急に席を詰めてきたり、服装を褒められたのも、メモの内容と合致する。


 そうなると気になるのは最後の文だ。


 ……『恋人として一段階進む』?

 一体全体何をどういう風に一段階進むのか、想像もつかない。


 ショッピングモールの時と同じだと思っていた。


 二人で遊んで、不意にドキッとして。

 それでも、最後は「楽しかったね」で終わる。

 わたしに都合の良すぎるデートプラン。


 でも、もしかしたら今回のデートは玲香ちゃんにとって意味のあるものなのかもしれない。


「……デート、楽しみね」


 心を読んだかのようなタイミングだった。

 恋人同士ならどうとも思わないであろう一言に、逡巡しゅんじゅんしてから虚勢きょせいだけで答える。


「そうだね!」

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