第3話

 時間の流れとは残酷なもので、ゆっくり流れてほしいと思っている時ほど、体感時間は早くなってしまうらしい。


 実際、数学の授業は一瞬で終わり、一息つく間もなく玲香れいかちゃんに声を掛けられた。


「……百島ひゃくしま


 断罪される直前の罪人のような気持ちだったが、玲香ちゃんの次の言葉はわたしの予想を大きく裏切るものだった。


「……放課後は空いてるかしら?」

「え、え、放課後?」

「ええ。……行きたい店があって。学校じゃ言いづらいでしょうし、告白の返事もその時でいいわ」


 告白の返事を考える時間が増えたわけだから、わたしとしては嬉しい話だ。


 玲香ちゃんの行きたいお店というのも気になるし、このお誘いを断る理由がない。


「うん。分かった。放課後、楽しみにしてるね!」

「ええ……私も楽しみにしているわ」


 大丈夫。わたしは追い詰められるほど強くなるタイプだ。


 何度も夏休みの宿題を最終日ギリギリで終わらせてきた、わたしなら放課後までに良い案が思いつくはず。


 放課後までに、放課後までに――



 

 ――もう一度言うけれど。


 時間の流れとは残酷なもので、ゆっくり流れてほしいと思っている時ほど、体感時間は早くなってしまうらしい。


「……行くわよ」

「あ、うん」


 気づけば放課後。

 お馴染みのチャイムが校舎に響いて廊下は一気に騒がしくなる。


 結局、告白の返事を穏便に済ませる妙案なんて思いつかなかった。


 体調が悪いと言って帰るのも考えたが、流石に今日中に返事しないとなると、玲香ちゃんも不審に思うだろう。


 もしかしたら、クラスで孤立してみたいになるかもしれない。

 それだけは……絶対に避けたい。


 そのために今まで散々、玲香ちゃんにアプローチをしてきたんだから。


「……百島? 大丈夫?」

「えっ!? ごめん。ぼーっとしちゃってた」

「……調子が悪いの?」

「ううん! 元気、元気」


 気づかなかったけれど、校門を出るまでわたしたちは一言も喋らなかったようだ。


 玲香ちゃんは無口な方だから自然だけれど、わたしはそうじゃない。


 ……何か話さないと!


 押し付けがましくてもいい。わたしのキャラがブレない程度の明るい話題。


 あれでもない、これでもない。

 脳内で焦燥感が駆け巡る。こんな時に限って無難ぶなんな話題は全然出てこない。


「あ、あの!」


 嫌な思い出がフラッシュバックして、次の瞬間には口が勝手に動いていた。



「わたしも玲香ちゃんのことが好き!」



 玲香ちゃんの告白とは対象的に、叫ぶように言い切ってしまった。


 話の流れガン無視のコミュニケーションとしては最悪のもので、玲香ちゃんも驚いたようにして固まっている。


 正気に戻って羞恥心と後悔が押し寄せてくる。


「あ、これは、そのっ」

「あなたも私と同じ気持ち……ということで良いのかしら?」

「そういうことになる……かな?」


 「ごめんなさい、今のは無しで!」なんて言えれば、そもそもこんな状況にはなっていない。


 弁明の言葉を繕うことも出来ないまま頷く。

 

「……よかった」

「え?」


 聞きなれた冷たい声とは対照的な、安心したような声音。


「……告白してから、あなたの様子が変だったから。……私の勘違いで、本当は両思いじゃないかもと思っていたの」


 思いがけない心情の吐露。


 騙している罪悪感で、胸がチクチクと痛む。

 ここまで来たら……騙し切るしかない。


「返事が遅れちゃってごめん。これからよろしくね!」

 

 今までも演技はバレて無かったんだ。上手くいくはず。


 女の子同時だし、一緒に遊んだりすることが増えるくらいだろう。

 それに、わたしは面白い人間ではないし、玲香ちゃんもそのうち飽きるはず。


 わたしとしては程よく仲良くなって、友達の距離感で卒業と同時に自然消滅が理想だ。


「……ええ。よろしく」

 

 いつものポーカーフェイスが、どこか和らいでいるように見えた。


 こうして、わたしたちはムードもロマンチックさの欠片も無い、通学路の脇道で恋人になった。


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