魔剣少女は救いたい

埼玉爆死ンオー

プロローグ

 「きらちゃん、これあげる!」


 冬の寒さを忘れ、春の温かさに包まれた公園で、無邪気な声が跳ねる。

 手渡されたのは、少し歪な花冠。

 白いアネモネを編んでつくられたそれに、わたしは首を傾げた。


「これ、くれるの?」

「うん!」


 屈託のない笑顔で頷く、わたしとそう背丈の変わらない女の子。

 花冠を受け取って、わたしは戸惑った。

 人から物を貰うのは初めてで、どう反応すべきか分からなかったのだ。


「……あ、ありがとう」


 やっとのことでお礼を言い、まじまじと花冠を見つめる。

 見れば見るほど歪なそれだけれど、それでも嬉しくて頬の熱が増した。


「でも、どうして急に? 今日は、何か特別な日だった?」

「んー? 別にそんなんじゃないよ?」

「じゃあ、なんで?」

「ただ、きらちゃんには幸せになってほしいなぁって。いつもがんばってる子が、幸せになれないのはおかしいでしょ?」

「そ、そんなの……わ、わたしは別に……」

「だからこれはね。きらちゃんが幸せになれるようにって、お守り!」

「……お守りって」


 その言葉が妙に嬉しくて。

 わたしは花冠をぎゅっと胸に抱き寄せた。

 そんなわたしの頭を、彼女はそっと撫でてくれる。

 あたたかな手。やさしい声。

 すべてが心地よくて、わたしの心は溶けてしまいそうだった。


「ありがとう」


 もう一度お礼を言う。今度は、心からの笑顔を添えて。














 ……それが、彼女とわたしの最後の思い出になるとも知らずに。














 ――気がつけば、地獄に立っていた。


 大好きだった東京の街並みは、一瞬にして灰色に染まっていた。

 ぷすぷすと燻る残り火を踏みしめ、呆然と周囲を見渡す。

 ビルの群れは軒並み倒壊し、止め処なく粉塵が舞い上がる。

 地上を照らすはずのネオンライトは炎に飲まれ、クラクションの代わりに人々の悲鳴が木霊する。

 曇天を駆け、黒色の雨を降らせる二つの凶星がもたらしたのは、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


「……」


 明瞭な思考。俯瞰的な視界。

 歩くことさえままならない、ボロボロの身体を引きずりながらも、わたしの心はひどく落ち着いていた。

 胸の内にあるのは、終わったんだ、という思いだけ。

 悲しくもなければ、苦しくもない。

 失意や諦観にも似た感情だけが、心臓をきつく締めつける。

 ただただ、虚しい。その一言にすべてが尽きた。


 瓦礫の山の頂上から見えたのは、おびただしい数の死体だった。


「……ぁ」


 その中に、わたしに花冠を贈ってくれた女の子を見つけて、掠れた声を漏らす。

 胸から下は瓦礫に押し潰され、原形を留めていなかった。

 ほんの一瞬だけ、助けに行こうと思ったが、すぐにやめた。

 今から瓦礫を退かして、救命処置を始めようとしたところで、とてもではないが間に合わない。

 助けようとすれば、今度はこちらが命を落としかねない。


 ……人の為に動けば、自分が死ぬ。


 あまりにも理不尽で、不条理な運命だけれど、何の感情も湧かなかった。

 死体に背を向けて、あてもなく彷徨う。

 行き先はわからない。帰るべき場所は燃え尽きた。

 ひたすらに歩く。生きる為に歩く。ただそれだけのことを機械的にこなした。

 父がいた。母がいた。友人がいた。先生がいた。見知らぬ人がいた。大人も子供も関係なく、みんな死んでいた。道中で何度も剣戟の音を耳にしたが、それもすぐに聞こえなくなった。

 歩き続ける間に何度も助けを求める人を見かけては、見て見ぬふりをした。


 そうして、限界は訪れた。


 喉から漏れるのは掠れた呼吸音だけ。

 足も上がらず、ついには歩くことさえできなくなったわたしは、その場に崩れ落ちるしかなかった。

 すでに立ち上がる気力もない。あるのは、ただただ疲れたという感情だけ。

 自分の中のものが、どんどん空っぽになっていく感覚だけが、どうしようもなく鮮明だった。

 最後に精一杯の力を振り絞って、黒い雨の降り注ぐ空に手を伸ばす。


 分厚い雲の向こう側に見えた、一粒の星だけを求めて。


 やがて、伸ばされた手は地に落ちた。わたしの意識が深い闇の底へ沈むと共に。



 ■□■



 それから七年後――。


 かろうじて一人生き残った私は、東京から遠く離れた地で中学を卒業し、魔剣士となることを選択した。

 理由は色々とあるが、一番は東京で起こった惨劇を二度も繰り返させはしないためだった。


 多くの人を見殺しにしたこの身で、世界を救えるなんて大それた考えは持っていないけれど。


 けれども、この命が続くなら、せめて。


 せめて私は、多くの誰かの為に生きたい。


 たとえそれが、どうしようもなく空しい願いであったとしても。


 一人、歩みを進める。


 東京で死んでいった人々の無念を背負いながら。


 きっと今日の先にある明日が、昨日よりもいい日でありますようにと、切に祈りながら。

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