モブキャラから見た彼女たち(その2)

   

 また邪魔が入った。

「『何ですから』じゃないですよ、クローディアさん!」


 声を荒げながらやってきたのは、髪とメイド服がオレンジ色の給仕だ。

 クローディアも青い同僚を突き飛ばす勢いだったが、オレンジ色は「勢い」どころか、実際に後ろからクローディアに蹴りを入れていた。

「きゃっ、何するの? まったくもう、いつもグレンダは乱暴なんだから……」

 グレンダと呼ばれたオレンジ色の娘は、他の二人よりも若く、まだ二十歳前後に見えた。

 クローディア同様、背丈は百六十センチ程度。ただし並んでいる姿を見ると、グレンダの方が若干低いようだ。癖の強い髪質らしく、短めの髪がツンツンと跳ねて、カチューシャのケモノ耳が一部隠れてしまうほどだった。

 髪型に加えて、キリッとした精悍な顔つきから、いかにも活発な娘という印象を受ける。ボーイッシュな雰囲気が漂っているけれど、それでいて女性ならではの可愛らしさや色気みたいなものも感じられるのは、酒場の女給という先入観のせいだろうか。


「クローディアさん、今は三番テーブルと七番テーブルの担当でしょう? それなのに放り出して! 特に三番テーブルのお客さんたち、怒ってますよ!」

「だってあの人たち、お尻を触ってくるから……」

「我慢してください、それくらい。あるいは、尻尾で払うとか」

 店の者同士の会話に参加するつもりはなかったが、思わず若者は口を挟んでしまった。

「えっ! その尻尾、動くんですか?」

 一見したところ、メイド服の後ろに縫い付けられた、ただのモフモフ飾りに過ぎない。魔法器具が組み込まれているようには見えなかった。

 あるいは魔法器具ではなく、女給自身の魔法で動かすのだろうか。酒場で働く娘たちがいわゆる魔法使いとは、とても想像できないのだが……。


 例えば魔法灯のように、魔力を流し込むことで起動する器具や道具は、この世界にはたくさん存在している。若者自身も含めて、人間ならば誰でも魔力を有しているからだ。

 しかし若者みたいな普通の人間の場合、あくまでも「魔力を有している」だけであり、その魔力を活用するには器具や道具を介在させる必要があった。

 何も無しで魔法――魔力によって引き起こされる不思議な現象――を発動させることが出来るのは、魔法使いと呼ばれる一部の人間のみ。それは働き口を探す上でも有利な特殊技能であり、魔法使いのほとんどが王宮や行政府などで貴族に混じって働いている。それがこの世界の常識だった。


「ええ、動きますよ。ほら、このように……」

 と、グレンダがお尻をくねらせる。一緒に尻尾飾りもブルンブルンと揺れていた。

 なるほど、女の子がお尻を振るのは扇情的な仕草であり、酒場の女給には似合っている。彼女たちにとっては、ごく自然な技術なのだろう。

 若者はそのように納得するけれど、

「あらあら、はしたない。そんなことしなくても、ちゃんと動くのに……」

 グレンダとは対照的に、クローディアはお尻を全く動かさずに、尻尾だけを揺らしてみせた。

「まるで魔法……」

 そんなはずはないと思いながらも、若者は小さく呟いてしまう。

「冗談言わないでくださいよ、お客さん。魔法なんて使えたら、こんな場末の酒場で働いてるわけないじゃないですか。今のはただ、ちょっとしたコツがあるだけでしてね」

 取り繕うような笑顔を若者に向けてから、グレンダはクローディアを叱りつける。

「クローディアさん、手抜きしちゃダメでしょう! まったくもう、あたしより先輩のくせして……」


 何だか面白くもない寸劇を見せられているような気分だ。いつになったら席に案内してもらえるのだろう?

 若者が頭の中で大きなクエスチョンマークを思い浮かべたタイミングで……。

「遅刻、遅刻ー!」

 後ろから聞こえてきたのは、少し鼻にかかった甘い声。

 同時に、ドンと突き飛ばされた。

「わっ!?」

 倒れ込んだ若者の頭の上を、グレンダの叱責が飛んでいく。

「アイリス! お客さんになんてことするの!」

   

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