集う仲間たち(その3)

   

「もう厨房の火は落としたぜ、お嬢」

 グレンダたちと入れ違いに奥から現れたのは、短い黒髪の中年男性。『妖狐ようこ亭』の唯一の男性スタッフであり、いつもは厨房の奥に引っ込んでいる料理人だった。

 彼が声をかけた相手は女主人のリンだったのに、彼女よりも先に、アイリスとスザンナが反応を示す。

「あっ、ヨーゼフおじちゃん!」

「親父さんが出てくるとは、珍しいな……」

「いつも言ってるだろ、俺はお前たちの叔父でもなければ伯父でもない。ましてや父親でもない、ってな」

 苦笑いを浮かべながら、軽く叩くような仕草で、アイリスの金髪の上に手を乗せた。

「それと、アイリス。お嬢を『リンお姉ちゃん』と呼ぶのもめろ。お前はお嬢の妹じゃないんだから」

「まだ今日は呼んでないよー」

 わざとらしく口を尖らせるアイリスの横で、スザンナもポツリと呟く。

「それを言うなら、親父さんの『お嬢』呼びも相応しくないだろう」

「俺はいいんだ。お嬢のことは、先代から頼まれてるからな。それより……」

 ヨーゼフはリンの方に向き直り、改めて最初の用件を口にした。

「……今日はそろそろ店仕舞いだろ? これから大事な相談じゃないのか?」


「そうねえ。そうなるかしら……」

 リンの答えは、曖昧なものだった。

 顔には出さないようにしたものの、クラウドが亡くなったと聞かされて、内心では激しく動揺していたのだ。

 薄情な言い方をするならば、クラウドは『妖狐ようこ亭』にとって、馴染みの客の一人に過ぎない。特別扱いはせず、個人的な思い入れもない存在のはずだった。

 しかし、アザッム伯爵の一件もある。今この時期に騎士団長が王都で襲われたのであれば、伯爵家のゴタゴタとも深く関わるのだろう。

 ならば、事件の背後にいるのはキリンガルム侯爵。いや、さらにその後ろに、おそらくモーリッツ大公が……。

 考え込むリンの横で、アイリスが小声で告げる。客たちの耳には届かず、その場の仲間たちだけに聞こえる程度の声量だった。

「グレンダちゃん、獣男ケモノオにやられた、って言ってたよー」

「つまり庭人にわびとね……」

 思わず呟くリン。

 王宮に仕える者たちだが、その王宮を牛耳るのがモーリッツ大公なので、実質的には彼の私兵に成り下がっている。そんな庭人にわびとたちの蛮行は、黙って見ていられない!

 憤りを覚えるリンに対して、さらに背中を押すかのように、ヨーゼフが言葉をかける。

「あのクラウドって旦那、ちょっと先代を彷彿とさせる部分もあったな」

「えっ、お父様?」

 思ってもみなかった話であり、リンは驚いてしまう。

「お嬢、あの男に先代の面影を重ねてただろ? それで入れ込んでたんじゃないのか?」

 リンとしては、クラウドに「入れ込んでた」つもりはない。しかしヨーゼフが言うのであれば、そんな感情もあったのだろうか。

 自覚していなかった気持ちを今さら指摘された気分だが……。

「そこまで言われて何もしなかったら、女がすたるわね」

 自分自身に宣言するみたいに、はっきりと言い切るリン。

 その瞳には、強い決意の輝きが宿るのだった。

   

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