第5話

ケモノメ軍団、推参!(その1)

   

 クラウドが命を落とした翌日。

 その日は一転して、よく晴れた一日だった。日が暮れても空には雲ひとつなく、ちょうど真ん丸になった月とたくさんの星々が煌々と、夜の王都を照らし出している。

 王都エンドアの東側にあるキリンガルム侯爵の屋敷では、中庭に面した梅のにて、今夜も飲み交わす二人の姿があった。屋敷の主人あるじであるキリンガルム侯爵と、虎の獣男ケモノオデグロールだ。


「聞いたぞ、デグロール。見事クラウドを仕留めたそうだな? よくやった!」

「恐れ入ります。我が右腕と左腕に相当する『赤法師』と『青法師』を派遣しましたから。しかし……」

 虎を思わせる恐ろしい形相に、デグロールは似つかわしくない笑みを浮かべるが、それがわずかに歪んだ。

「……随行させていた下級の獣男ケモノオが三人、返り討ちに遭いました」

「ほう、さすがはクラウド。ただではられぬ、といったところか」

「三人のうち一人は、確かにクラウドに斬られたのですが……。残りの二人は、素人の小娘に倒されました。クラウドを護衛していた者です」

「何っ!?」

 それまでは余裕の態度だったのに、キリンガルム侯爵が動揺し始める。手にしていたグラスの酒を、少しこぼしそうになるほどの慌てぶりだった。

「先日言っていた『クラウドが荒くれ者を集めている』の一人か!?」

「はい、クラウドの行きつけの酒場で働く女給だったとか」

「それで、その小娘も始末したのか!?」

「手傷は負わせましたが、とりあえず生かして帰した、と報告を受けています」

「なぜ……」

 と言いかけて、キリンガルム侯爵は自分の言葉を飲み込む。

 少し考えただけで「なぜ生かして帰したのか」を理解できたからだ。


 先日の密談の中でもデグロールが言っていたように、たとえ死んだアザッムに同情的な庶民が多いとしても、彼らには彼らなりの生活がある。わざわざ具体的な行動に出よう、というほど暇ではないはず。

 かつての小麦騒動とは異なり、庶民は切羽詰まっていないのだ。彼らをまとめ上げる人物がいれば話は別かもしれないが、その役をになうクラウドは排除できたのだから……。

 ならば、他の者たちは放置しても構わないだろう。クラウドの息がかかった者たちを全て殺して回ったらキリがない、というのもある。キリンガルム侯爵は、ただ枕を高くして眠りたいだけであり、大量殺戮を望んでいるわけではないのだ。


「クラウドが死んだことで、リーダー役がいなくなっただけでなく、見せしめにもなったでしょうね。こちらに歯向かう姿勢を示したら命はないぞ、と」

 キリンガルム侯爵の思考を読んだかのように、デグロールが説明を加えた。

 確かにそれも一理ある、とキリンガルム侯爵はハッとする。

 なるほど「見せしめ」という観点から見れば、敢えて殺さずに「手傷は負わせた」というだけで生かして帰すのも、効果的に違いない。痛い目を見れば、誰だって懲りるだろうから。

 彼はそのように納得したのだが……。

「ご心配ならば、もう一人か二人くらい、殺しておきましょうか?」

 白い牙を見せながら、デグロールが物騒な提案を口にする。

「クラウドにくみしていた連中のうち、特に懇意にしていた者や、特に腕に覚えのありそうな者。それらをリストアップして、リストの上位数人ほどを始末する、というのも一つの手段です」

 いや、それには及ばない。

 キリンガルム侯爵はそう答えようとしたが、彼が口を挟むより先に、デグロールは言葉を続けていた。

「例えば、先ほど挙げた小娘。彼女が働いていた酒場は、どうも他の連中も胡散臭い。いっそのこと、あの酒場だけでも襲撃して……」


「その必要はないわ!」

 暴走気味のデグロールの発言を遮ったのは、キリンガルム侯爵ではなかった。中庭に響き渡る女性の声だった。

 そちらに視線を向けると……。

 キリンガルム侯爵自慢の庭園に、いつの間にか、五人の娘たちが立っていた。

 満月の光をスポットライトのように浴びながら、横一列に並んでいる。頭に妙な飾り付きのカチューシャを付けていたり、真っ黒なマントを羽織ったりしているが、基本的にはメイド服だ。

 白いエプロンとカラフルなワンピース部分の組み合わせで、それぞれ緑色、オレンジ色、赤色、黄色、青色。各人の髪色に対応しているらしい。

「何者だ? 酌女を呼んだ覚えはないぞ……?」

 メイド服からの連想で、キリンガルム侯爵は場違いな言葉を口にしてしまうが……。

   

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