ケモノメ軍団、推参!(その2)

   

「お気をつけください、侯爵。この者たちこそ、たった今申し上げた酒場の連中です」

 獣男ケモノオのデグロールが立ち上がり、キリンガルム侯爵を後ろ手にかばうようなポーズを示す。

 さらに彼の両横に、スッと上から現れた二人の男たち。キリンガルム侯爵も知らなかったのだが、どうやら今まで天井裏に控えていたらしい。赤いローブを着た獣男ケモノオと、青いローブの獣男ケモノオだった。

「なるほど。これがお前の言っていた『赤法師』と『青法師』か……」

「はい。小娘五人が相手なら、俺たち三人で十分でしょうが……」

 デグロールがパチンと指を鳴らすと、キリンガルム侯爵の視界の端に入ってきたのは、黒いローブの獣男ケモノオたち。中庭に接した外塀の上からだったり、隣接する別棟の屋根からだったり、庭園の木の上からや池の中からだったり。

 犬、猫、鼠、牛、河馬、ハムスター、リス、ムササビなどに加えて、さらには鳩や鷹のような鳥類タイプもいる。多種多様な獣男ケモノオたちが一斉に姿を現して、中庭を取り囲んでいた。

「……念には念を入れましょう。反抗勢力を一掃するために」

 デグロールの口元に、ニンマリとした笑みが浮かぶ。まるで「計画通り」と言わんばかりの表情だった。

 それを見た途端、キリンガルム侯爵は理解する。自分は囮にされたのだ、と。

 モーリッツ大公が庭人にわびとを派遣してきた本当の目的は、これだったに違いない。

 アザッム伯爵の一件で、世間から反感を買っているキリンガルム侯爵。それを餌として利用して、力ある者たちを――体制に楯突く可能性のある者たちを――おびき寄せ、まとめて返り討ちにする計画だったのだ。


――――――――――――


「そんなことだと思ったわ……」

 大勢おおぜい獣男ケモノオたちに囲まれても、ただリンは苦笑するだけ。彼女の右側に立つクローディアとグレンダ、左側のスザンナとアイリスにも、焦りの色は見られなかった。

「すいぶんと余裕の態度だな、小娘。仲間の前だから、虚勢を張ってるのか?」

 中庭に立つ彼女たちに対して、梅のからデグロールが言葉を飛ばす。

 まるでそれに答えるかのように、リンは顔から笑みを消して、力強く叫んだ。

「封印解除!」


 それは仲間に対する合図だった。

 五人は同時に、黒いマントをガバッと脱ぎ捨てる。マントを翻す一瞬、それぞれの姿は隠れる形になったが……。

 再び姿を表した時、彼女たちの身を包んでいるのは、もはやメイド服ではなかった。ピッタリと体にフィットした黒装束であり、いかにも動きやすそうな素材の服だった。

「貴様ら! その格好は……!」

 デグロールが驚いたのも無理はない。

 それは半獣族の間で戦衣いくさごろもと呼ばれる着物。いにしえの統一戦争の時代に半獣族が着ていたという、伝統的な戦闘服だった。

 そのような戦衣いくさごろもを着ている者ならば、普通の人間のはずがない。メイド服が消えたと同時に、ケモノ耳の飾り付きカチューシャも消失して、その代わりに本物のケモノ耳が生えていた。

 お尻の部分に縫い付けられていた尻尾飾りも、もはや作り物ではなく、本物の生きた尻尾になっている。

 顔の輪郭なども微妙に変わっており、同じ半獣族の目から見れば、それぞれの正体は明白だった。リンは狐、クローディアは兎、グレンダは熊、スザンナは狼、アイリスは猫というように、五人全員が獣女ケモノメだったのだ。

 フルネームを公言する形で、リンが堂々と宣言する。

「我が名はリーンレッタ・ハットー! 由緒正しきハットー家の二十六代目頭領なり! 配下の獣女ケモノメ軍団を率いて、ここに推参!」

   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る