集う仲間たち(その2)

   

「グレンダちゃん?」

 アイリスは小首をかしげる。

 商人風の男が指し示す方には、騎士鎧の男が倒れているだけ。

 アイリスは駆け寄ってみるが、既に男は亡くなっていた。見覚えのある顔であり、それがクラウドであることをアイリスも確認する。

「グレンダちゃん、いないよー?」

「はい、グレンダさんはここではなく……。あちらの方で、別の怪人と……」

 彼は反対方向を指差していた。「別の怪人」の意味はよくわからないが、何か大変なことが起きているらしい。

「わかった! じゃあ私、そっちへ行くからー! ここはお役人さんに任せるー!」

 野次馬の誰かが通報済みに違いない。そうでない場合でも、この商人が自分で警吏の役人のところへ駆け込めるだろう。

 そう判断して、アイリスは走り出すのだった。


――――――――――――


「グレンダちゃーん!」

 その声が聞こえてきた時。

 道端の壁にもたれかかって、グレンダは座り込んでいた。

 グッタリとうつむいていたが、聴き慣れた声に反応して顔を上げる。

 駆け寄ってくる仲間の姿が、視界の中で大きさを増している最中さいちゅうだった。

「あれ、アイリスじゃないの。あんた、こんなところで何を……?」

「グレンダちゃんを助けにきたんだよー!」

 まるで「グレンダの救援として店から送り込まれてきた」みたいな口ぶりだが……。

「まさかね。でも、ちょうどよかった。あっちで、クラウドさんが……」

「うん、見てきた……」

 ちょうどグレンダの目の前まで辿り着いたところで、アイリスが首を横に振る。いつもは快活な彼女の声色こわいろも、悲しげに沈み込んでいた。

 しかし、それも一瞬だった。ハッとした表情で、アイリスの口調が変わる。

「グレンダちゃん、大変! 怪我してるー!」

「大丈夫さ、この程度ならかすり傷だから。……とは言えないかな。左腕、ちょっと使い物にならなくてね」

 立ち上がろうとするグレンダに、肩を貸すアイリス。その過程で背中に手をやり、また叫んだ。

「冷たーい! 背中も酷い状態だー! 凍傷になってるよー!」

「相手は半獣族、白熊の獣男ケモノオさ。これでも手加減されたんだよ、悔しいことに。とどめは刺されず、見逃されたんだからね……」

 青ローブの獣男ケモノオの「我は無益な殺生は好まぬ」という言葉を思い出して、グレンダは顔をしかめる。

「グレンダちゃん、プライドを粉々にされた、って顔してるねー。でも良かったよ、命あっての物種だからー。さあ、お店に帰ろう!」


――――――――――――


「ただいま戻りました……」

「グレンダちゃん、連れてきたよー」

 既に夜も遅い時間帯だが、まだ『妖狐ようこ亭』は営業中。いくつかのテーブルでは、客たちが酒や料理を楽しんでいた。

 そんな中、メイド姿のグレンダがフラフラと、同じく『妖狐ようこ亭』で働くアイリスに支えられて入ってきたのだ。店内は騒がしくなる。

「おいおい、どうした?」

「あの元気な乱暴娘が……。何があった?」

 わざわざ立ち上がって聞きに行くほどではないものの、それぞれのテーブルから言葉を飛ばしていた。

 困った表情のグレンダに代わり、アイリスが明るい声で答える。

「グレンダちゃん、お使いの途中で転んじゃったのー。それだけだから、心配しないでねー」


 客たちは誤魔化されても、もちろん仲間の娘たちは騙されない。心配そうに、二人の周りへ駆け寄ってきた。

 まずはスザンナだ。

 外見的には青い長髪とスレンダーな体型が特徴であり、性格的には口数が少なくクールな雰囲気。しかし今のような状況では、むしろ感情的に声をかけていた。

「しっかりしろ、グレンダ。お前ほどの凄腕が、この有様とは……。よほどの相手だったようだな?」

「はい、スザンナさん……」

「ここじゃ何だから、奥で話そうねー?」

 ホールでは周りの客たちの目もあるから、詳しい説明は出来ない。そんなニュアンスを口にしながら、アイリスが移動を促す。

 しかし肝心のグレンダは、ハッとした表情で足を止めていた。女主人のリンが現れたからだ。

 リンは美人女将おかみとして、いつも通り、落ち着いた威厳を漂わせている。赤い長髪も後ろでくくられているが、それが少し揺れているのが、まるで内心の動揺を示しているようにも見えた。

 目と目で理解し合ったのだろう。リンが尋ねるより早く、グレンダの方から短く答える。

「すいません、女将おかみさん。あたしがついていながら……」

 その一言で、リンは事情を察した。一応もうひとつ、質問を加える。

「二人とも……?」

「商人のおじさんは無事だったー」

 横から口を挟むアイリス。

 リンは小さく頷くと、ねぎらいの笑みを浮かべて、グレンダの肩をポンと叩いた。

「さあ、あなたは奥で休みなさい。怪我してるのでしょう?」

あとは私に任せて」

 リンの後ろから、緑髪の女給が顔を出す。

 いつの間にかクローディアも、その場に来ていたらしい。

「さあ、グレンダ。こっちへ」

「お願いします、クローディアさん」

 神妙な態度のグレンダを、クローディアが店の奥へ連れていく。グレンダ自身の足で歩いているが、隣のクローディアが横から抱きかかえるような格好だった。

 クローディアの右手はグレンダの左腕に、左手は背中に添えられている。ちょうど怪我を負っている部位だ。

 不思議なことに、クローディアの左右の手のひらからは、ポウッと緑色の輝きが発せられている。まるで魔法使いが使う回復魔法のように、あたたかい光だったが……。

 うまくクローディアの体でカバーされて、どのテーブルからも死角となる角度だ。だから店内の客たちは、この癒しの光に誰も気づかないのだった。

   

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