第4話

集う仲間たち(その1)

   

 夜の裏路地で、クラウドやグレンダがそれぞれの死闘を繰り広げていた頃。

 一本隣の裏通りでは、のんきな言葉を口にしながら、足早に歩く者の姿があった。

「遅刻、遅刻ー!」

 金髪ツインテールの小柄な少女で、童顔なのに胸は大きめ。『妖狐ようこ亭』に勤める給仕の一人、アイリスだった。

「……っていうか、今日は遅刻どころか大遅刻だよねー。きっと……」

 着ているものは、白いエプロンと黄色のワンピースを組み合わせたメイド服。小さな鈴のぶら下がった赤い首輪チョーカーや、ケモノ耳のカチューシャも身につけている。

 お店で働く格好だが、例えばグレンダみたいに、店から帰る客を送っていく途中ではない。逆に、今から『妖狐ようこ亭』へ向かうところだった。

「……またグレンダちゃんに怒られちゃうなあ。スザンナちゃんは無口だから大丈夫として、クローディアちゃんも怒ると怖いよねー。もしかしたら、リンお姉ちゃんまで……」

 言葉とは裏腹に、顔には反省の色が見られない。すっかり仲間に甘えきっている、という様子だったが……。

 突然その表情が険しくなり、足もピタリと止まった。

「あれ? この気配って……。それに、この匂い!」

 彼女はグレンダとは異なり、魔法灯のたぐいは持参していなかった。夜の暗闇の中をキョロキョロと見回して、

「こっちー!」

 グレンダやクラウドたちがいる道の方を指し示すと、まるで軽業師かるわざしみたいな身のこなしで塀を駆け上がり、近くの民家の屋根の上へ。そのまま屋根を伝って、隣の裏路地へと向かうのだった。


――――――――――――


「ひっ……!」

 腰を抜かしたエチルゴは、地面に座り込んで、ただ悲鳴を上げることしか出来なかった。

 そんな彼の目の前で、クラウドは孤軍奮闘。必死になって剣を振るうが、手応えすら全くないらしい。

 相手は、宙に浮かぶ巨大な顔だ。クラウド自身「これも幻に過ぎない」と言い切っていたが、だからといって本体の居場所を見抜いているわけではなく、ただ闇雲に斬りつけるだけだった。

 しかもクラウドの斬撃が空振りするだけでなく、相手の攻撃を何度も食らう形だった。敵はクラウドの周りをこまめに動き回っているらしく、四方八方からアタックしてくる。

 ズブッと刃物が突き刺さる音が聞こえて、クラウドの体からプシューッと血が噴き出した。

 暗闇と幻術に隠れた、不可視の攻撃だ。

 それが繰り返されるうちに、クラウドの全身がボロボロになっていき……。

「クラウド様……!」

 悲痛なエチルゴの叫び。

 クラウドはその場に倒れ込み、とうとう動かなくなってしまったのだ。


「標的の始末は終わった。ならば……」

 巨大な顔がエチルゴの方を向く。

「……こちらも片付けておくか? 我々の任務はクラウドの暗殺だが、クラウドの協力者であれば、クラウドの一部みたいなものだろう?」

 自問自答しているような口ぶりだった。もしも「その通り」みたいな言葉が続けば、その遂行に手間はかからない。エチルゴの命も、一瞬のうちに刈られてしまうだろう。

 恐怖のあまり、エチルゴは悲鳴すら口に出来なくなるけれど、その瞬間。

「人殺しだー! 助けてー!」

 けたたましい絶叫が、狭い路地裏に響き渡った。


 近くの屋根の上からだ。

 思わず耳を塞ぎたくなるほど甲高い声であり、静かな夜の裏通りが急に騒がしくなる。

「なんだ、なんだ?」

「おいおい、物騒な言葉が聞こえたぞ」

 閉店後は無人になる商店ばかりでなく、寝泊まりする者がいる店や、そもそも商店ではなく民家もあったのだろう。近所の家々のいくつかが、部屋の明かりをつけながら窓を開ける。

 昼間のように……とまではいかないが、それでも十分に明るくなった。さらにエチルゴにとって心強いのは、窓から顔を出している野次馬たちの存在だ。

「た、助けてください……」

 もはや大声は出せないが、エチルゴが精一杯の声で助けを求めると、野次馬たちも彼の訴えに反応してくれた。

「おい、人が倒れてるぞ!」

「一人じゃない、もう一人いる!」

「あっちは血だらけだ!」

「お役人様に通報しろ!」


「目撃者が増え過ぎた……」

 短く言いはなちながら、巨大な顔が姿を消す。

 術者そのものが立ち去り、幻術もかれたらしく、周囲がさらに少し明るくなった。

 クラウドが言っていた通り、エチルゴたちは実はかなり大通りまで近づいており、それを隠していた幻が消えた分、大通りにある街灯の光が届いてきたのだ。

 ホッとするエチルゴの前に、屋根の上からスタッと、一つの人影が降り立った。先ほどの甲高い声の主だ。

「おじさん、大丈夫ー?」

 手を差し伸べる彼女は、まだ子供のようにも見えるが、着ているメイド服には見覚えがあった。色こそ違えど、グレンダと同じタイプだ。

 つまり、この少女も『妖狐ようこ亭』で働く給仕に違いない。

「はい、私は大丈夫です。ですが……」

 偶然ではあるが、少女の登場パターン――屋根の上からスタッと道端に降り立つ様子――には既視感があった。ちょうど五人の襲撃者が現れた時と同じであり、否が応でもその瞬間を思い出す。

 そこから始まった一連の出来事が、まるで走馬灯のように、エチルゴの脳内を駆け巡った。

「……クラウド様が! それに、グレンダさんまで!」

   

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