南方から来た騎士団長(その5)

   

「あら、ごめんなさい。気づきませんで……」

 謝罪の言葉と共に、慌てて酒を注ぐリン。

 その手つきに視線を向けながら、クラウドはポツリと呟く。

「リン殿は恵まれているな。こうして自分の店を構えて、一国一城の主人あるじでいられるのだから」

「クラウド様、どうしたのです? 突然そんなこと言い出して」

「いや、たいした話ではないのだが……」

 クラウドは軽く苦笑いしながら、新しい酒を早速、口に運んだ。

「……庶民ならば許されることでも、騎士や貴族には無理なこともある。女性が家督を継げない、というのもその一つだ。今回だって、女性で構わないのであれば、伯爵家の遠縁から死後養子の候補者を擁立できただろうに」

「ああ、偉い人の間にはびこる男尊女卑の考え方ですね。しかも現在の王様になってから、その傾向が強くなったとか」

 聞きようによっては現王を批判するニュアンスも感じられて、危険思想と受け取られる可能性もある発言だろう。

 しかし他のテーブルまでは聞こえていないし、リンとクラウドの間ならば、特に問題はなかった。

「うむ。先代の頃は、それほど極端でもなかったのだが、代変わりしてからは……。例えば数年前には、半獣族にまで同じルールが適用された、と聞く。庭人にわびとの話、リン殿ならば知っているのではないか?」

庭人にわびと……。王宮に仕える、武術指南役のことですね?」


 平和な世が続く中で、そのほとんどが闇に追いやられた半獣族。

 一部は王宮で武術指南役として召し抱えられているが、その役職名が『庭人にわびと』だった。

 しょせん動物が混ざった人間ならば、ヒトが暮らす屋内ではなく、ケモノが飼われる庭の方が相応しい。そんな侮蔑の意味が込められた呼称だという。

 しかも一応は武術指南役という名目でありながら、身体能力に差がありすぎて、半獣族の武術そのままを人間が習得するのは難しい。実際には武術指南どころか、諜報活動や暗殺などの汚れ仕事をさせられている。それが庭人にわびとだという噂だった。


「確か半獣族では、男性が獣男ケモノオ、女性が獣女ケモノメと呼ばれるのですよね? 王宮の庭人にわびと、元々はハットーと呼ばれる一族のおさが率いていたけれど……」

 頬に右手を当てて、リンは小首をかしげる。頭の中の引き出しから知識を引っ張り出している、という顔になっていた。

「……でも次代の当主が女性、つまり獣女ケモノメだったために認められず、追放されてしまったとか。代わりに着任したのがミノグール家で、そちらはきちんと頭領が獣男ケモノオだ、と聞いております」

「なかなか物知りじゃないか、リン殿」

 クラウドがニヤリと笑うと、リンも笑顔で胸を張る。

「先ほども申し上げた通り、酒場は噂話の溜まり場ですからね。それに、うちは『妖狐ようこ亭』です。見ての通り……」

 リンは座ったまま腰を振って、お尻についている尻尾飾りを動かしてみせた。続いて頭に手をやって、カチューシャのケモノ耳も強調する。

「……半獣族の扮装をセールスポイントにして、稼がせてもらっていますからね。だったら少しは勉強しておく必要もあるじゃないですか。王都で一番……とまではいかずとも、少なくとも庶民の間では最も半獣族に詳しい。それくらいの自負はありましてよ?」

 誇らしげなセリフと共に、彼女はパチリとウインクするのだった。

   

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