闇夜の襲撃(その3)

   

「少し甘く見ていたようだな。我らの配下三人が、こうも一瞬のうちに倒されるとは……」

「我ら二人、道を塞いでおくだけで十分かと思ったが……。どうやら直々に相手する必要がありそうだな」

 冷たい声が二つ、闇夜の裏路地に響き渡る。

 赤いローブを着た男と、青いローブの男だった。

 まだ距離は十分あるものの、クラウドとグレンダが身構える。特に彼女は、ただこぶしを構えるだけでなく、素早く移動もしていた。

「二人とも、下がって!」

 ローブ男たちとエチルゴの間まで戻り、エチルゴを後ろ手にかばうようなポーズを示しているのだ。「二人とも」と言っているのだから、エチルゴだけでなくクラウドも守ろう、というつもりらしい。

「何を馬鹿なことを……」

 エチルゴの口からは、そんな言葉が飛び出してしまう。

 大の男が二人もいるのに、か弱い女性一人に守られるなんて!

 たった今グレンダの強さはの当たりにしたが、それでもなおエチルゴは常識的な考えに囚われていた。

 自分はまだしもクラウドは優秀な騎士なのだから、少なくとも彼がグレンダに守られるのはおかしい。そう思ってしまったのだ。

 おそらくクラウドも同じ気持ちのはず。そんな考えと共に振り返ると……。

 クラウドは難しい表情を見せたあと、小さく頷く。

「わかった。ここはグレンダ殿の意思を尊重しよう。かたじけない!」

 苦渋の声で告げると、エチルゴの腕を掴み、

「さあ、この場は彼女に任せて! 我々は一刻も早く逃げましょう!」

「えっ……?」

 困惑するエチルゴを引きずるようにして、走り出すのだった。


「ほう、まるで要人警護のかがみだな。自らの体を盾にして、警護対象を逃すとは……」

 青いローブの男の呟きを聞きながら、グレンダは、背後でクラウドたちが駆けていく足音にも耳を傾けていた。

 彼女が今やるべきことは、二人が逃げていく時間を稼ぐこと。ならば目の前の二人と戦うだけでなく、お喋りを引き伸ばすというのも、一つの手段だった。

「要人警護? そんな立派なもんじゃないわ。あたしは、あんたたちの作戦ミスを利用させてもらっただけ。狭い裏路地なら挟み撃ち出来る、って考えたんだろうけど……」

 グレンダは、敢えて挑発的な物言いをする。

「…… でも、おあいにくさま。塞いでる片方さえ倒してしまえば、ほら、この通り。あたし一人で立ち塞がって、あんたたち二人を通せんぼ出来る。むしろ、あたしたちに有利な状況なのさ!」

「ふむ。的確な状況判断に加えて、先ほどの体術の冴え。一介の酒場女にしておくには、惜しい存在かもしれぬ」

 青いローブの言葉に、赤いローブの男も続く。

「しかし、さすがに驕りが過ぎたようだな。本当に一人で、我ら二人の足止めが出来ると思ったか?」

「やってみなけりゃ、わからないだろ!?」

 乱暴に叫ぶグレンダに対して、青いローブの男が大声で返した。

「我の正体を見ても、まだそう言えるか? 獣性解放!」


 体が一回り大きくなり、着ているローブが窮屈に見えるくらいだ。手には凶悪な爪が生えてきていた。

 フードに覆われている顔も、それだけでは隠しきれないほど、異形のものへと変化している。いかつい輪郭でありながら、つぶらな瞳や小さめで丸い耳など、むしろ愛嬌を感じるパーツもある。

 その特徴的な顔立ちは……。

「あんた、熊の獣男ケモノオなのね?」

 グレンダが、いかにも嫌そうに吐き捨てる。その態度は、思わず相手が揶揄からかいたくなるほどだった。

「ほう。女だてらに勇ましい小娘だが、熊は苦手か? 何かトラウマがあるのか?」

「トラウマってわけじゃないけど、こっちにはこっちの理由があるんでね」

 グレンダは誤魔化しながら、チラリともう一人にも目を向ける。

 赤いローブの男も獣男ケモノオだろうが、まだ本質を明かすような素振りは示していなかった。

 ただしフードの隙間から見えているのは、目の周りが大きなクマで覆われて、黒くなっている様子。人間態の時点で既に、獣男ケモノオとしての特徴が少しおもてに出てきているらしい。

「あんたの方は……。パンダの獣男ケモノオ?」

「……」

 言い当てられたのが悔しいのだろうか。赤いローブを着た獣男ケモノオは、黙り込んでしまった。

 まるでその代わりであるかのように、熊の獣男ケモノオが叫ぶ。

「我が相棒に構っている余裕はないぞ! 熊が苦手というなら、まずは我からだ!」

 堂々と宣言すると同時に、グレンダに向かって突進してくる!

   

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