闇夜の襲撃(その4)

   

「どうした、どうした? あれだけ豪語しておきながら、貴様の力はその程度か!」

 ガハハと笑うような口調で、殴り合いを続ける熊男。

 完全に、戦いを楽しんでいる者の口ぶりだった。


 熊の獣男ケモノオとグレンダの攻防が始まってから、十数分が経過している。

 熊男はここまで、まるでおのれの格闘術を見せびらかすように、ひたすらパンチやキックを繰り出していた。

 手を使うにしろ足を使うにしろ、ほとんどフェイントを交えず、ただ愚直に突いてくるばかり。一撃一撃に重みがあるからそれで十分、という感じだった。

「くっ……!」

 対照的にグレンダは、体を捻ってかわしたり、小さく跳んでみたり、回し蹴りを叩き込んでみたり。熊の獣男ケモノオよりも技巧的な体術を見せていた。

 そうでもしないと、体格差をカバーできないのだ。しかも今の彼女には、左腕が満足に動かせないというハンデもある。

 直撃を食らわないようにするだけで、精一杯だった。


「くっ……!」

 冷や汗をかきながら、なんとか相手の攻撃を捌き続けるグレンダ。

 口からは呻き声も漏れているが、しかし頭の中では落ち着いて、今の状況について考えることも出来ていた。

 こうして戦っていると、不思議としか思えない点が出てくるのだ。

 それは、熊の獣男ケモノオから殺気がほとんど感じられないこと。

 そもそも獣男ケモノオたちの目的は、おそらくクラウドだったはず。グレンダは元々の標的ではなく、任務遂行の上での障害物に過ぎないだろう。

 ならば、さっさと全力でグレンダを倒してクラウドたちを追う、というのが道理なのだが……。

 この熊の獣男ケモノオは、戦いに夢中になるあまり、本来の目的を忘れてしまったのだろうか?


 相手の思惑が何にせよ、グレンダとしては、二人を足止めさえ出来ればそれで十分。そう思いながらも、筋が通らない点があるように感じられて、何だか不気味だった。

 そして不気味といえば、もう一つ。

 もう一人の――おそらくパンダの――獣男ケモノオの存在だ。

 もしも二人がかりで来られたらグレンダの手に余っただろうに、彼は参戦の意思を全く示さないのだ。

 彼女に「パンダの獣男ケモノオ?」と言われてから、ずっと無言を貫いていた。ほとんど動こうともしないが、時々左へ右へ、体を揺らすような仕草は見せる。そのたびにグレンダはそちらに注意を向ける必要が生じて、戦いから微妙に気を逸らす格好になっていた。

 最小限の動きで仲間の援護をしている、という意味では優秀なのかもしれない。しかし表立って戦いに加われば、もっとグレンダを困らせることが出来るはずなのに、それをしようとしないのは、やはり不可解に思えるのだった。


――――――――――――


「グレンダさん、大丈夫でしょうか? 彼女一人、本当に残してきてよかったのかな……?」

 不思議に思いながらもグレンダが懸命に戦っていた頃。

 エチルゴは走りながら、やはり不思議そうに首をかしげていた。

「心配めさるな、エチルゴ殿。魔法灯はあちらに置いてきたのだから、彼女なら大丈夫だ」

「いやいや、クラウド様。そりゃあ暗いより明るい方が安全でしょうけど、でも魔法灯は武器じゃなくて、ただの明かりですよ? あんなものが彼女の助けになるのかどうか……」

 騎士のクラウドの方が自分より戦闘関連に詳しいのは当然。それは承知の上で、ついツッコミを口にしてしまう。

 クラウドの言う通り、一つしかない照明器具は、グレンダと一緒に残してきていた。だから今のエチルゴたちは、真っ暗な中を走っている最中さいちゅう。多少は暗闇にも目が慣れてきたから、そして道がまっすぐだから、壁にぶつからずに済んでいる、という程度だった。

 もう少し先まで行けば、明るい大通りに出るはずだが……。

「待て!」

 短く叫びながら、クラウドがいきなり立ち止まる。ずっと掴んでいたエチルゴの手も放して、逃走中は腰に収めていた剣を、改めて引き抜いていた。

 クラウドの緊張が伝わり、エチルゴもキョロキョロと周囲を見回す。暗いせいもあって具体的には何も見えないが、夜の闇の中に何者かが潜んでいるのだろう、と想像することだけは出来た。

 恐怖でブルッと体を震わせると、エチルゴに背中を向けたまま、クラウドが優しく声をかけてくる。

「おかしいと思わないか? 大通りまでまだ少しあるとはいえ、その魔法灯の光くらいは、既に届くはず。それが全くないということは……」

 彼の声は途中から、厳しい響きに変わった。

「……私たちが今、目にしているものは、おそらく現実の状況ではない」

   

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