闇夜の襲撃(その2)

   

 彼女は凄い勢いだった。

 エチルゴだけでなく、その向こう側にいるクラウドも含めて、二人まとめてドンと突き飛ばす。

「な、何を……!?」

 エチルゴから見れば、突然の蛮行だった。

 突き飛ばされて転んでしまうと同時に、ゴンと鈍い音が聞こえてくる。

 振り返って確認すると、たった今までエチルゴやクラウドがいた辺りに、大きな岩が鎮座していた。

 人間なんて押し潰せるくらいの、重そうな塊だ。理由はわからないが、近くの屋根の上から落ちてきたらしい。

「くっ……!」

 岩のかたわらでは、グレンダが左腕を押さえてうずくまっていた。直撃ではないものの、落石が少し当たったのだろう。

「大丈夫か!?」

「私の心配より、ご自身の身の安全を!」

 駆け寄ろうとするクラウドを、グレンダは右手で制止している。

 クラウドは小さく頷いて、すぐに視線を上に向けていた。

 釣られるようにして、エチルゴも同じ方向に目をやると……。


 通りを挟む左右の建物。その屋根の上に、いくつかの人影があった。闇夜に紛れて最初はわかりにくかったが、グレンダの小型魔法灯があるので、目を凝らせば少しは見えそうだ。

 しかも彼らは、屋根の上からスタッと道端に降り立つ。光源に近づいた分、エチルゴにも彼らの様子が見て取れるようになった。

 全部で五人。魔法使いが好むようなフード付きローブを着ているが、はたして本当に魔法使いなのだろうか。この状況では、ただ正体を隠すためのローブとしか思えず、怪しいばかりだった。

 エチルゴたち三人を挟み込むようにして、前方に三人、後方に二人。後ろの二人は赤と青、前の三人は三人とも黒いローブだ。

 五人全員がクラウドみたいに立派な体格なようだが、特に黒ローブの三人のうち一人は、二メートルを超える大男だった。

 その大男が、クラウドに向かって突進する!


 走ってきた勢いで、大男は正面から風を受けたのだろう。被っていたフードがフワリとめくれて、その顔があらわになった。

 人間離れした顔色で、病的なイメージを与えるほど灰色じみた肌をしている。

「獣性解放……」

 大男が低い声で呟くと、顔の形が変化し始めた。全体的には少しゴツゴツした感じになり、何よりも特徴的なのは、大きく広がった耳と、まるでホースみたいに長く伸びた鼻。

 ただでさえ大柄だったのに、体中からだじゅうの筋肉はいっそう盛り上がり、手足も太くなっている。

 初めて目にする姿だったが、エチルゴにも理解できた。これが半獣族なのだ、と。


「象の獣男ケモノオ!」

 後ろでグレンダが叫ぶのが聞こえる。

 一方、目の前ではクラウドが腰の剣を引き抜いて、その象の獣男ケモノオを迎え撃とうとしていた。

 しかし……。

「そんなリーチの短い得物、俺には効かないぜ!」

「しまった!」

 クラウドが斬りかかるモーションに入るより早く、剣を握る両手に象男の長い鼻が巻きつく。

 そのまま彼の手首をしめつけながら、クラウドの目前まで迫る象の獣男ケモノオ。太い両手を振り上げて、クラウドを殴りつけようとしたのだが……。

 象の獣男ケモノオは、突然その場にすっ転んでしまう。

「何っ!?」

 やったのはグレンダだった。

 携帯用の魔法灯は地面に置いて、いつの間にかエチルゴを抜き去り、二人が戦っているところまで駆け寄っていたらしい。しかもその勢いのまま滑り込むようにして、彼女自身の体重を乗せた蹴りを、象男の足首に叩き込んだのだ!


「大男を倒すには、まず足元を狙え。昔から言われる定石ですからね」

 当たり前のように呟いたグレンダは、スライディングキックの体勢からすぐに起き上がる。

 象男の方でも、そのまま地に伏せているつもりはなかった。立ち上がりながら首を捻り、自分を転ばせたグレンダを睨みつけようとするが……。

 その時点でグレンダは、既に次のアクションに移っていた。象男の真上に跳んで、エルボードロップだ。

 ちょうど彼の顔が真横に向いた瞬間、そのこめかみにグレンダの右肘が突き刺さる!

「ぎゃっ!」

 一言叫んで、象の獣男ケモノオは動かなくなった。

 たとえ強靭な肉体を持つ獣男ケモノオといえども、人体の基本的な構造は普通の人間と変わらない。こめかみが急所の一つなのは同じであり、そこに鋭い一撃を食らった以上、意識不明に陥るのも無理はなかった。あるいは意識だけでなく、もしかしたら命すら落としたかもしれない。


「ザッとこんなもんです。しばらく左腕は使い物になりませんけど、右は普通に動きますし、両足だって健在ですから……」

 グレンダは立ち上がりながら、軽口を叩いていた。

 余裕の笑みすら浮かべているが、そんな彼女に対して、真剣な表情でクラウドが声をかける。

「危ない、グレンダ殿!」

「はい、わかってますよ。だって……」

 スーッと横へ移動すると同時に、クルリと体を反転させるグレンダ。

 その横を駆け抜ける格好になったのは、黒ローブ姿の残りの二人だった。どちらもナイフを手にしている。

 背後からグレンダを狙うつもりで向かってきたのに、その攻撃が空振りになったのだ。慌てて立ち止まり、振り返って再び仕掛けようとするが……。

 これだけ接近したところで一瞬でも動きを止めてしまえば、それが命取りとなる。一人はクラウドに叩き斬られて、もう一人はグレンダのこぶしをみぞおちに叩き込まれて、どちらも地面に倒れ込んでいた。

「……こんな強い殺気を出したままじゃ、不意打ちにもなりゃしません」

 二人を見下ろしながら、グレンダが嘲笑の言葉を口にする。

 象男同様おそらく獣男ケモノオだろうけれど、まだ二人ともローブのフードで顔を隠した状態であり、その正体はわからないまま。それほど早々と決着がついた攻防だった。

   

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