第3話

闇夜の襲撃(その1)

   

 深夜を回って、本日の営業を終了する店も出始めた頃。

「今日も楽しかったぞ、リン殿。また寄らせてもらおう。まだしばらくは王都に滞在するつもりだからな」

「私も堪能しましたよ。酒も料理も、そして美しい方々のお酌も……。いやはや、噂通りの、いや噂以上に素晴らしい店でした!」

 ラフな格好の騎士クラウドと、いかにも商人という雰囲気のエチルゴが、『妖狐ようこ亭』から立ち去ろうとしていた。


「まあ、ありがとうございます。どうぞ、これからもご贔屓に」

 女主人のリンが自ら、店先まで出てきて、二人を送り出す。しかも彼女一人でなく、その後ろには別の女給も控えており、一緒に頭を下げていた。

 彼女たちの姿を見て、自然と笑顔になるエチルゴ。しかし視線を夜空に向けた途端、その表情が少し曇る。

「おや、相変わらず月も星も出ていない……。薄気味が悪いくらい、暗い夜ですなあ」

 クラウドに連れられてエチルゴが『妖狐ようこ亭』を訪れたのは、まだ夜も早い時間帯。近隣の店も営業中であり、その入り口や窓から漏れる明かりが夜道を照らし出していた。

 しかし、もはや明かりを落とした店も増えてきている。そうなると周囲も暗くなり、この辺りが裏通りであることを――街灯となる魔法灯もないことを――強く意識させられるのだった。

「あら、大丈夫ですわ。そう思って……」

 エチルゴの呟きを耳にしたリンが、背後に立っていた娘の肩をポンと叩く。

 促されて前に出てきたのは、髪とメイド服がオレンジ色の給仕。短めのツンツン髪が特徴的で、ボーイッシュなイメージの娘だった。

 今夜エチルゴたちのテーブルには来ていないので、彼にしてみれば、見覚えのない女給だ。なぜ彼女が出てきたのか、少し不思議なくらいだった。

「……こちらのグレンダをおつけします。彼女がお宅まで送り届けますので、ご安心してください」

「えっ、こちらのお嬢さんが?」

 不思議という気持ちが驚きに変わる。

 いくら真っ暗な夜道が物騒とはいえ、こんな若い娘では警護役は務まらないではないか。確かに活発そうな娘であり、もしかしたら腕力も人並み以上かもしれないが、しょせんは酒場の女給。訓練された武術者でも何でもないのだ。

 そもそも護衛という意味ならば、立派な騎士であるクラウドが一緒なのだから……。


 そう考えたエチルゴが隣のクラウドに目をやると、彼は純粋無垢な子供みたいな笑みを浮かべていた。

「何か勘違いしているようだな、エチルゴ殿は。彼女は照明係として、私たちをエスコートしてくれるのだ」

 クラウドに言われて、改めてグレンダに注目する。彼女の右の手には、小さくて細長い物体が握られていた。

 携帯用の小型魔法灯だ。

「ああ、なるほど。そういうことでしたか」

 自分の早とちりが少し恥ずかしい。そんな気持ちでピシャリと頭を叩くエチルゴの横で、クラウドとグレンダは小声で何やら言葉を交わしていた。

「……とはいえ、その立ち振る舞いを見ていればわかる。グレンダ殿、そなたは拳術に自信があるのだろう?」

「あら、冗談言わないでください。確かにあたし、店では乱暴娘なんて言われてますけど……。しょせん素人のパンチやキックですからね。本職の騎士様に褒められるほどじゃないですよ」


――――――――――――


 店を出て半時間ほど歩くと、三人は真っ暗な地域に差しかかった。

「この辺りまで来ると、完全に店は閉まってるんですね」

「ええ、夜じゃなく昼間営業しているような店ばかり。そんな区域ですから」

 独り言のようなエチルゴの呟きに、グレンダが応える。彼の声色こわいろに少し不安の色を感じ取り、元気づけようとして明るい口調になっていた。

妖狐ようこ亭』がある辺りよりも、さらにひっそりとした裏路地だ。そもそも営業時間とは別に、この通りに面しているのは、どの店も裏側らしい。小さな裏木戸っぽい扉は見えても、正面玄関に相当する大きな入り口は、全く見当たらなかった。

 道幅もかなり狭くなっており、二人並んで歩くのが精一杯。三人は無理して横に並ぼうとせず、クラウドを先頭にしてエチルゴ、グレンダと縦一列で歩いていた。


「表通りだけ歩くことが出来たら安全だが、それでは帰りつかないからな。私もエチルゴ殿も」

「まあ、どうせ途中で別れないといけないですけどね」

 クラウドの「私もエチルゴ殿も」という言葉を、まるで「最後まで一緒」みたいなニュアンスで受け取ったのか。エチルゴは、そんな言葉を返している。

 少しは気分もほぐれたらしく、彼の口調はいくらか柔らかくなっていた。

 王都におけるクラウドの住居はアザッム伯爵家の屋敷であり、それは他の多くの貴族同様、東の一画に建っている。一方エチルゴは、店に住み込んでいるわけではないが、自宅も王都の南側の区画。

 だからエチルゴとしては、当然の発言のつもりだったが……。

「いや、エチルゴ殿の屋敷までは私も一緒に付き合うぞ」

「えっ……?」

「エチルゴ殿が無事に帰宅したのを見届けてから、私は伯爵家の屋敷へと向かう。……それで構わないな?」

 最後の部分はエチルゴではなく、その後ろのグレンダに向けられたものだった。

「はい、もちろんです」

 グレンダはニッコリと笑う。

「二人を送り届けるのが、今夜の私の任務ですから」

「任務とは大袈裟な……」

 冗談に対するツッコミの意味で、小さく呟くエチルゴ。

 グレンダは、右手の小型魔法灯を少し掲げてみせていた。改めてその存在を強調することで「明かりが一つしかない」「だから二人バラバラになるのは困る」と示しているようだ。

「ああ、なるほど」

 と、エチルゴが納得した途端。

「危ない、伏せて!」

 大声で叫びながら、いきなりグレンダが走り始めた!

   

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