ケモノメ軍団、推参!(その6)

   

「まだまだ甘いな、お嬢。戦いの最中さなかに、こっち見てるんじゃねえぞ……」

 中庭を一望できる屋根の上に、その男は座り込んでいた。片膝立ちの格好であり、何かあればすぐに動ける状態だ。

 リンたち獣女ケモノメ軍団と同じく、伝統的な戦衣いくさごろもに身を包んだ獣男ケモノオ。顔のパーツや輪郭は黒豹のものになっているが、黒髪は人間態の時のまま。

 ふだんは『妖狐ようこ亭』で料理人として働くヨーゼフだった。


 誰もいないはずの屋根の上で、彼は独り言を続けていた。

「敵の方が一枚上手うわてじゃねえか。こうして、俺の居場所を突き止めるやつまでいるんだから」

「ほう。我の存在にも気づいておったか……」

 いきなりヨーゼフの目の前に、赤いローブの獣男ケモノオが出現する。

 昨夜クラウドをあやめた張本人。デグロールからは『赤法師』と呼ばれる、狸の獣男ケモノオだった。

「それはこっちのセリフだ。あんた、俺の相手なんてしに来る暇ないだろ? ボスがピンチだぜ、助けに行かないのかい?」

「いや、貴様の排除こそが我の今すべき仕事。ここで貴様を排除しておかねば、同じことの繰り返しだからな……」

 ここでヨーゼフを自由にさせておくと、いくらでも援護射撃をされてしまう。だから急いでヨーゼフを倒しに来た。

 それが狸の獣男ケモノオの意図だった。

「そうかい。それはそれで、まあ合理的な判断だと思うが……」

 振り向きもせずにヨーゼフは、後ろに向かって三本の鉄串を投げつける!

「……まだまだ甘いぜ、あんたも。そんなチャチな幻術、俺に通用すると思ったかい?」


「き、貴様……!」

 ヨーゼフの正面にあった獣男ケモノオの姿が、煙のようにかき消える。酷く焦った獣男ケモノオの声は、反対方向から聞こえていた。

 ゆっくりと立ち上がりながら、ヨーゼフは振り返る。

 視界に入ってきたのは、狸の獣男ケモノオの姿。喉に刺さった三本の鉄串を押さえながら、苦しそうに呻いていた。

「あのな、俺たちは獣男ケモノオだぜ? 普通の人間とは嗅覚はなの出来が違うだろ。いくら幻なんて見せられても、本物がどこにいるのか、匂いでわかっちまう。そこも誤魔化せるのが、優れた幻使いってもんだ」

「くっ! しかし……」

「ああ、最近の若い連中、ついつい目に頼っちまうやつも多いからな。うちの若いやつも昨日、あんたの世話になったようだが……」

 ここでヨーゼフは、自嘲気味に苦笑いを浮かべる。

「……おっと、いけねえ。年をとると、どうも話が長くなる。だけど、話し込んでる場合じゃねえよな。俺の鉄串の威力じゃ、あんたの喉を貫通するほどじゃない。まだあんたは健在なんだから……」

 いきなり走り出すヨーゼフ。

 彼の両手には、黒い鉤爪が装着済みだった。狸の獣男ケモノオの横を駆け抜けながら、その鉤爪で相手の喉笛を掻き切る!

「……きっちりとどめ刺しとかないとな!」


――――――――――――


「卑怯者め……。伏兵をひそませておくとは……」

「あら、あんたには言われたくないわね。あんただって、配下の連中の手を借りてたでしょ?」

 今やデグロールとリンの立場は逆転していた。

 たとえ半獣族とはいえ、いきなり片目を失えば、行動力は大きく落ちる。ましてや戦いの最中さなかともなれば、その影響はすさまじかった。

 デグロールはキリンガルム侯爵を後ろ手にかばいながらも、二人まとめて、梅の奥の壁際まで追い詰められていたのだ。

 もはや勝敗は決した。そう悟ったリンは、周りに浮かぶ狐火を集めて一つと化し、大きな炎のつるぎを形作る。

 その剣を両手で握って、振りかぶり……。


「我ら半獣族はヒトにしてヒトにあらず、ケモノにしてケモノにあらず。ケモノの姿と力を持ちながらヒトの世で暮らすが許されるは、ヒトの心をたもち続けるがゆえ……」

 リンの口から出てきたのは、連綿と受け継がれてきたハットーの家訓。

 そこに続けて、彼女自身の思いを述べる。

「……それなのに、今の庭人にわびとたちは、汚れ仕事に染まり切っている! ヒトの心を忘れた獣男ケモノオなんて、ただのケダモノよ!」

「ぎゃっ!?」

 言い切ると同時に、デグロールを一刀のもとの斬り伏せるリン。

 ミノグール十人衆というほどの格を持つ獣男ケモノオだったのに、デグロールが最期に口にしたのは、ただの短い悲鳴に過ぎなかった。


――――――――――――


「デグロール! わしを残して逝くな!」

 目の前で獣男ケモノオが息絶えるのを、キリンガルム侯爵はただ震えながら見守るだけ。縋るような言葉をかけても、もはや一言も返ってこなかった。

 中庭まで視線を向けても、既にデグロール配下の獣男ケモノオたちは一人も残っていない。相手方の獣女ケモノメたちがゆっくりと歩み寄りながら、集まってくるのが見えるだけだった。

「ひっ……!」

 孤立無援となったのを悟り、キリンガルム侯爵は腰の刀に手をかける。今夜も一応は貴族服だったため、形式的に帯刀していたのだ。

 剣術の心得などないが、それでも身を守るために剣を構えてみる。この瞬間キリンガルム侯爵自身は覚えていないが、それは王宮で彼に斬りかかってきたアザッム伯爵と全く同じ構えだった。


「アザッム伯爵に対する一連の所業……。そしてクラウド騎士団長の暗殺……」

 赤い髪の獣女ケモノメの言葉は、キリンガルム侯爵には、まるで死刑宣告みたいに聞こえた。

「……ヒトとして生まれておきながら、ヒトの心をくした者。それはケダモノにも劣る存在! ならば私が成敗する!」

 反射的にキリンガルム侯爵も剣を振ろうとするが、全く間に合わない。

 リンの炎のつるぎで叩き斬られたキリンガルム侯爵は、お気に入りだった一室のゆかに倒れ込み、その長い生涯を閉じるのだった。

   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る