ケモノメ軍団、推参!(その5)

   

「あの女だ! あれが大将首だ!」

「あいつをれば、それだけで出世できるぞ!」

 身のほど知らずの獣男ケモノオたちが、頭領のリンを狙って、向かっていく。

 リーンレッタ・ハットーと名乗ったリンだが、赤い長髪を後ろでアップにまとめているのは『妖狐ようこ亭』の女主人として活動している時と同じ。ただし彼女の顔は、狐を思わせる形に変わっていた。

 さらに体を取り巻くようにして、いくつもの青白い炎が浮かんでいるのも、まさに狐のイメージだろう。いわゆる狐火というやつだった。

「あんたたち雑魚ざこに用はないわ!」

 リンの意思に応じて、狐火が変化。短剣の形になると、まるで投げナイフのように飛んでいき、周りの獣男ケモノオたちに襲いかかる。

「ぎゃっ!?」

 ただし本物のナイフではないので、体に突き刺さるわけではなかった。触れるや否や体中からだじゅうに燃え広がり、獣男ケモノオたちを次々と火達磨にするのだった。


「お前たちの手に負える相手ではない! 下がれ!」

 梅のの奥でキリンガルム侯爵を守っていた虎の獣男ケモノオが、ノッシノッシと出てくる。

 既にリンは中庭から縁側に足をかけるどころか、梅のの中まで踏み込もうとしていた。ならば自ら対峙するしかない、と彼は判断したのだった。

「あんたがここの庭人にわびとたちのボスね? 残念ながら庭人にわびと全体のかしらじゃないみたいだけど……」

「ミノグールの頭領が、こんなところまで出向くわけなかろう」

 馬鹿にした口調で言いはなってから、獣男ケモノオは真面目な表情を浮かべる。

「俺はミノグール十人衆の一人、デグロール。貴様の首、頭領への手土産にさせてもらおう!」

「あら。あんたも配下の者たちと同じで、身のほど知らずなのね」

 リンがスーッと手を動かすと、ナイフのような無数の狐火が、一斉にデグロールに襲いかかった。

 しかし……。

「ふんっ!」

 気合を込めたデグロールは、虎の爪を生やした大きなこぶしで、青白い炎を次々と叩き落とす。先ほどの獣男ケモノオたちとは異なり、炎に触れたからといってデグロールの方が燃え上がる、という現象も見られなかった。

「あんた、そのこぶし……」

 リンが怪訝な顔をする。

 デグロールは単に手数が多かったというより、攻撃の瞬間、物理的に腕の本数が増えたみたいに見えていたのだ。

「……幻術のたぐいね? しかも、実体を伴う幻かしら?」

「一目で見抜くとは、さすがはハットー家の頭領! しかし……」

 白い牙を覗かせて、デグロールがニヤリと笑う。

「……聞いているぞ。貴様の二つ名は『無限火炎のリーンレッタ』だろう? ならば、その多量の狐火が最大奥義のはず」

「あら。あんただって、いきなり手の内を見せてるみたいだけど……」

「俺は『百虎拳のデグロール』とも呼ばれている。実体を伴う幻とわかったところで、俺の百虎拳は破れまい!」

 言い切ると同時に走り出し、デグロールがリンに襲いかかった!


――――――――――――


「くっ……」

 攻防を繰り返しながら、リンは少しずつ後退あとずさりしていた。

 キリンガルム侯爵が控える部屋まで一度は足をかけたというのに、また縁側に逆戻り。しかも、ほとんど中庭ギリギリまで戻されている。

 デグロールは有象無象の獣男ケモノオではなかった。「ミノグール十人衆の一人」と豪語するだけあって、かなりの強敵だったのだ。

 リンの無限火炎――周りに浮かぶナイフの狐火――と、デグロール自慢の百虎拳――幻術を交えた拳術――は、一対一ならばおそらく互角。しかしこの場にはデグロール配下の獣男ケモノオたちもいて、彼らも時々リンに仕掛けてくるため、狐火のいくつかはそちらの対応に回す必要が生じる。

 その分だけ、リンはデグロールに押し負ける格好になっていたのだ。

「どうした、どうした? 由緒正しきハットー家を背負って立つ頭領が、その程度か? それでは庭人にわびとから追放されるのも、当然ではないか!」

「違うわ! あれは……」

 モーリッツ大公が企てた陰謀に巻き込まれたのだ。そう言い返したいリンだが、それどころではなかった。

 今は、この虎の獣男ケモノオを撃破することに専念だ。集中力を欠いたら、相手を倒せないどころか、逆にこちらがられてしまう。

 なんとかして相手の術の隙を見出そうと、リンがいっそう気を引き締めた瞬間。

「ぎゃっ!」

 リンの方から新たな術を仕掛けたつもりはないのに、突然デグロールが悲鳴を上げる。

 いつの間にか右目に何かが刺さり、デグロールは酷く痛そうに、手で押さえていた。


「畜生!」

 汚い言葉を吐きながら、それを引き抜いて投げ捨てるデグロール。

 カランと音を立ててゆかに落ちたのは、鈍く光る金属の棒。知らない者が見れば、少し太めの針だと思うだろうが……。

 リンはその正体を知っている。それは『妖狐ようこ亭』の厨房で使われる鉄の串だった。肉や野菜などを刺して串焼きにする際、用いられるものだ。

 こんなものをピンポイントで敵の目に投げつける者など、一人しかいないだろう。

「やっぱり来ていたのね、ヨーゼフの親父さんも……」

 リンはチラリと振り返る。

 方角としては、おそらく中庭に隣接する建物の一つ。姿は確認できないけれど、屋根の上に味方が一人、夜空の暗さに紛れてひそんでいるのだった。

   

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