侯爵貴族の屋敷にて(その3)

   

 例えばクラウドが国元にとどまっていたように、キリンガルム侯爵もおのれの騎士団長は領地に置いてきたが、それでも騎士団から数人選んで、この王都まで連れてきている。今この瞬間も、この屋敷内のどこかの部屋で休んでいるはずだ。

 しかし、主人あるじのキリンガルム侯爵を差し置いて「どこかの部屋で休んでいる」という事実からもわかるように、太平の世が続く間に、すっかり騎士の質も落ちてしまった。それこそクラウドみたいな忠義の騎士は、もはや希少な存在だろう。

 とはいえ、それでも貴族に仕える騎士たちや王宮の近衛騎士団ならば、まだ騎士の本分に近い仕事のはず。これが王都守護騎士団になると、名前こそ「騎士団」だが、その実情は王都の警吏。しかも強盗を捕まえたりするより、小銭泥棒や食い逃げなどの軽犯罪を追いかける方が多いという。

 そんな騎士ばかりだからこそ、かつての小麦騒動のような事件が起きると、まともに対処できないのだ……。


 改めて騎士の現状について考えて、気が重くなったキリンガルム侯爵に対して、デグロールが言葉を続ける。

「先ほど『庶民の力も数を束ねれば』と申し上げましたが、ただ数を集めただけならば烏合の衆。過剰に恐れる必要はございません。問題は、彼らをまとめ上げて、導く者が現れた場合です」

「それがクラウドだと言いたいのか?」

「あくまでも可能性の一つですが……」

 虎を彷彿とさせるデグロールの顔に、考え込むような表情が浮かんだ。

「……酒場でクラウドが過ごす様子を見ていると、その飲み仲間の中には、庶民なのに剣術の真似事をかじった者だったり、乱暴者として名を馳せた者だったり。あるいは生粋の庶民ではなく、騎士崩れで剣術道場を開く者、用心棒に身をやつす者なども含まれているようです」

「それではまるで、腕に覚えがある連中を集めているみたいではないか」


 キリンガルム侯爵はデグロールから視線を逸らして、中庭の方に目を向けた。

 今夜は暑くもなく寒くもなく、夜風もそれほど強くはない。引き戸は全開になっており、縁側越しに自慢の庭園がよく見えていた。月と星明かりに照らされて、美しい光景なのだが……。

 そこに乗り込んでくるクラウドの姿を想像してしまう。

「我が主君のかたき! 覚悟!」

 王宮で襲ってきたアザッム伯爵と全く同じポーズで、キリンガルム侯爵に斬りかかってくる。剣術の腕前は亡き主君よりも遥かに上のはずなのに、彼に対する敬意や殉ずる気持ちから、あえて同じ構えでキリンガルム侯爵を斬るつもりなのだ。

 想像の中のクラウドは、大勢おおぜいの手駒も引き連れていた。

 鎧が統一されていないので、アザッム伯爵家の騎士団員ではないだろう。薄汚れた鎧を着ているのは、おそらく騎士崩れの者たちだ。鎧すら着ていないのは、一般の庶民に違いない。剣ではなくのみのような工具、くわすきといった農具を手にしている者もいた。

 そんな寄せ集めの連中なのに、べらぼうに強い。侯爵家の騎士たちは、あっさり返り討ちにされてしまう。デグロール配下の獣男ケモノオたちは、そこまで脆弱ではないものの、それでも互角に戦うのが精一杯。

 彼らの相手にかまけてしまい、誰もクラウド本人を足止めできる者はいなかった。だからクラウドは、楽々とキリンガルム侯爵のところまで辿り着く。そのやいばが煌めいた瞬間、キリンガルム侯爵は視界が真っ赤に染まって……。

   

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