南方から来た騎士団長(その3)
「おい、聞いたか? アザッム伯爵の話」
「ああ、あれだろ。式典リハーサルの件で、大変な粗相をしでかしたという……」
「それもこれも、キリンガルム侯爵に袖の下を贈らなかったから、って話だぜ。それで怒ったキリンガルム侯爵に陥れられたとか」
「えげつない話だよなあ。ネチネチと嘘教えてイジメるだけじゃ飽き足らず……。料理に必要な食材、キリンガルム侯爵自身が差し押さえてたんだろ?」
行政府の廊下における、下級役人たちの立ち話だった。
それを当のアザッム伯爵が耳にしてしまう。
もちろんアザッム伯爵に聞かせるためではなく、たまたま廊下の曲がり角近くで行われていた会話に過ぎないが、そこに死角からアザッム伯爵が通りかかっていたのだ。
お人好し気味だったアザッム伯爵も、これで全てを理解する。
特に、商人から言われた「あいにくその日は、もう大口の予約が入っていましてねえ」という言葉。そんな状況にもかかわらずキリンガルム侯爵が食材を手配できた件に関して、辣腕だと感心していたのだが……。
何のことはない。そもそもその『大口の予約』というのがキリンガルム侯爵の注文だったのだ! アザッム伯爵を困らせるための策略だったのだ!
これまでのボケ老人じみた発言も、そんな微笑ましいものではなく、アザッム伯爵に対する意図的なイジメだった。
全貌を把握したアザッム伯爵は……。
一般的に、ふだん温厚な人ほど怒らせたら怖いという。
アザッム伯爵も例外ではなかった。
頭に血が
王宮の門番には止められそうになったが、
「キリンガルム侯爵に用事がある。急ぎの用事だ」
と告げるだけで通してもらえた。アザッム伯爵が建国記念式典の総責任者であることも、その指導役がキリンガルム侯爵であることも、周知の事実だったからだ。
通してもらえるどころか、キリンガルム侯爵が待機していた応接室まで、門番の一人が案内してくれた。
そしてキリンガルム侯爵と対面すると、
「おや、アザッム伯爵。このような場所まで、いったい何をしに来たのです?」
「キリンガルム侯爵、覚悟!」
のんきに声をかけてきた彼に対して、アザッム伯爵が斬りかかっていく。
剣術に精通しているわけではないが、アザッム伯爵も貴族の端くれ。貴族の正装として儀礼的に、一本の剣を腰に差していた。その剣で不意打ちを試みたのだ。
「ぎゃっ!?」
「乱心めさるな、アザッム伯爵!」
結果としては、ただ一太刀浴びせただけで、その場に控えていた騎士たちに取り押さえられてしまう。
キリンガルム侯爵は傷を負ったものの、致命傷には
一方、王宮で刃傷沙汰を起こしたアザッム伯爵は、そのまま地下牢に幽閉。事件を重く見た王宮と行政府が話し合った結果、三日後に死刑が宣告され、その翌日には断頭台に送られたのだった。
――――――――――――
「それで、わざわざクラウド様が王都にいらしたのは、例のアザッム伯爵の事件絡みなのでしょう?」
隣に座るリンがグラスに酒を注ぐと、それを口に運びながら、クラウドは苦い表情を示した。
「ああ、もちろんだ。今日も王宮に参内して、その帰りだ。
もちろん酒がまずかったわけではない。亡き主君について世間でどう噂されているのか、それを思うと胸が痛くなったのだ。
「さぞや笑い者にされているだろうな、我が主君は。軽はずみな行動で命を落としたばかりか、領民にまで迷惑をかけた愚かな貴族として」
「あら、そんなことありませんわ。お偉い方々の間ではどうなのか知りませんけど、少なくとも庶民の間では、アザッム伯爵に同情的な見解が多いようですよ」
「そうなのか?」
意外そうにクラウドが聞き返すと、彼を安心させるような笑顔で、リンが答える。
「うちは酒場ですよ。その主人である私が言うのですから、間違いありません」
酒が入れば、人々の口は軽くなる。噂話も多くなるし、その際は本音も出やすくなる。だから自分は庶民の考え方には詳しいのだ、とリンは胸を張ってみせた。
「判官贔屓じゃないですけど、庶民は弱者の味方です。今回の事件はアザッム伯爵がキリンガルム侯爵にイジメられた結果だ、って話も知れ渡っていますからね」
「ふっ。噂話というのも馬鹿に出来ないものだな。そこまで詳しく、庶民にも伝わっているなんて」
軽く鼻で笑ってから、再び暗い顔を見せるクラウド。
そんな騎士に対して、リンがさらに尋ねた。
「先ほど『領民にまで迷惑をかけた愚かな貴族』っておっしゃいましたけど……。領民の迷惑ってことは、アザッム伯爵家、お取り潰しになるのですか?」
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