南方から来た騎士団長(その2)

   

 アザッム伯爵は根本こんぽんから誤解していた。

 そもそも彼が知らなかった「暗黙のルール」として、アザッム伯爵の立場ならば、指導役のキリンガルム侯爵に対して付け届けが必要だったのだ。しかも今回のような大任の場合、領地収入の約一割という大金が妥当とされていた。

 それが支払われていないために、キリンガルム侯爵は酷く立腹。催促の意味も兼ねて、アザッム伯爵をネチネチとイジメ続けてきた。

 それなのにアザッム伯爵は受け流すのだから、キリンガルム侯爵としては、ますます腹が立つ。その結果、イジメもエスカレートして……。


「明後日の式典リハーサル。準備は大丈夫ですね?」

「はい、もちろんです」

「予行演習なので、諸国の貴族の方々はおいでになりませんが、代わりに行政府の役人は全員出席です。その分の食事も必要ですが、抜かりありませんね?」

「はい、大丈夫です。簡単な軽食を人数分、きちんと手配して……」

「簡単な軽食? 何を言っているのです? リハーサルなんですから、本番と同じ料理でないとダメでしょう!」

「えっ……」

 アザッム伯爵は絶句してしまう。

 行政府で働く者たちが全て式典リハーサルに駆り出されるのは心得ているし、当日の食事が各自の持参ではなく式典委員会から出されるのも了解済み。しかし「本番と同じ料理でないとダメ」とは初耳だった。

「待ってください。しょせん予行演習だから、参加者は同僚たちだから、それ相応の準備を。そう言ったのは、キリンガルム侯爵ではありませんか」

 動揺のあまり、久しぶりにあらがってしまう。ボケ老人には逆らわないようにしよう、と決めていたはずなのに。

「そんなこと、この私が言うはずないでしょう。第一、何のためのリハーサルなのですか」

「それは、式典当日の進行を確認するため……」

「そうです。その『確認』には、料理のチェックも含まれているのですよ。王宮の方々や諸国の貴族の方々のお口に合うかどうか、味や品質を確かめておかないと!」

 以前の発言とは矛盾するものの、予行演習の一環として料理の確認をするというのは、言われてみれば当然の理屈だった。

「申し訳ありません! ただちに手配します!」


 大事な建国記念式典なので、当日の料理のメニューまで、行政府の会議で決められている。それを調理するスタッフは確保してあるし、同じ料理人たちが二日後の式典リハーサルでも腕を振るうことになっていた。

 だから彼らに頼み込んでみたが……。

「無理言わんでください、伯爵様。大人数のメニュー、急に変えられても困ります。料理は魔法じゃないんだから、何もないところからは作り出せません!」

 言い方こそ違えど、全員が同じ趣旨だった。

 問題は食材なのだ。「簡単な軽食」のために用意している肉や野菜では、式典メニューには全く足りないのだった。

 続いてアザッム伯爵は、納入業者の間を駆けずり回る。予定のメニューに必要な食材を用意するために奮闘するが……。

「明後日? 無理ですよ、そんなの。もっと早く注文していただかないと……」

「いくら大臣のご命令でも、不可能なことは不可能ですから……」

「あいにくその日は、もう大口の予約が入っていましてねえ。他に回す余裕がないんです。そちらもお偉いさんですし、今さら断れませんからね」


 翌日。

「どうしたらいいんだ……」

 丸一日が経過しても解決のきざしは全く見られず、アザッム伯爵は文字通り頭を抱えて、自分の執務室で座り込んでいた。

 そんな彼の部屋の前を、キリンガルム侯爵が通りかかる。開けっ放しだった扉から室内を覗き込み、何気ない口調でアザッム伯爵に声をかけた。

「おや、アザッム伯爵。そんなところで、机に突っ伏して……。悠長にお昼寝ですか?」

 これが昼寝に見えるだなんて、やはりキリンガルム侯爵はボケ老人なのか。心の中ではそう思いながらも、憎まれ口の一つを叩く元気もないまま、アザッム伯爵は黙って顔を上げる。

 すると……。

「あなたが怠けているから、代わりに手配しておきましたよ。明日の式典リハーサルのための食事を」

「……えっ?」

「ほら、あなた昨日、言っていたでしょう? 料理メニューの指示を間違えた、と。だったら食材からして用意し直しでしょうからね。でもあなたはその手配を怠って、そうやってお昼寝しているだけ。だから私が納入業者を押さえて、必要な食材を確保したのですよ」

「待ってください! いや、ありがとうございます! でも……」

 思いっきり混乱するアザッム伯爵。

 とりあえず重大な問題が解決したこと、それにはキリンガルム侯爵の活躍があったこと。そこまでは理解できたけれど腑に落ちない点があり、つい指摘してしまう。

「……一体どうやって? 私が業者に当たった時は『もう無い』と断られたのに」

「だからダメなのですよ、あなたは。日頃から商人の方々とよしみを通じておけば、火急の場合にも多少の無理は言えるのです。そういう伝手つてを作っておくのも、大臣の職務のうちですからね」

 なるほど、さすがは重鎮のキリンガルム侯爵。ただのボケ老人ではなかった。いや、ボケ老人だなんて考えること自体、とても失礼だった。

 アザッム伯爵は、そのように納得したのだが……。

   

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