モブキャラから見た彼女たち(その3)

   

「大丈夫か?」

 青い髪のスザンナが手を差し伸べて、若者を助け起こす。

 ようやく無口な彼女に声をかけてもらえた。そんな気持ちも込めて、

「ありがとうございます」

 と返した若者は、立ち上がるとすぐに、後ろを振り返る。

 グレンダからアイリスと呼ばれた娘、つまり自分を突き飛ばした彼女を確認したかったのだ。


 そこに立っていたのは、小柄な少女だった。数字で表すならば、身長は百五十センチくらいだろうか。

 やや広めなひたいやパッチリと大きめの瞳など、顔立ちにも幼さが表れていて、金髪のツインテールも童顔に似合っている。まだ十代半ばに見えるのだが……。

 胸の大きさだけは、大人の女性に勝るとも劣らない。この場にいる他の三人――スレンダー体型のスザンナ、それよりは大きいが標準よりは小ぶりに見えるグレンダ、普通か普通より少しふっくらという感じのクローディア――と比べるまでもなく、明らかに巨乳と言って構わないサイズだった。


 そんなアイリスが、グレンダに口答えする。

「だって、この人、入り口で突っ立ってるから……」

「『だって』じゃありません! あと、お客さんを『この人』なんて呼んじゃいけません!」

 グレンダは一瞬、若者の方に営業スマイルを向けて「ごめんなさいね」という感じで頭を下げてから、アイリスへの言葉を続けた。

「そもそも何? あんた、家からその格好で来たの?」

 グレンダが指摘した通り、どう見てもアイリスは私服ではなかった。

 他の女給たちのように、既にカラフルなメイド服を着ている。金髪のアイリスの場合、イメージカラーは黄色なのだろう。白いエプロンの下は、鮮やかな黄色のワンピースだった。

 ケモノ耳のカチューシャも、既に装着済み。他の女給たちとは違って、小さな鈴の付いた赤い首輪チョーカーをはめているが、これは私物なのだろうか。


「だって、遅れそうだったんだもーん!」

「『遅れそう』じゃなくて、もう立派に遅れてるでしょ!」

 アイリスとグレンダが応酬する横で、クローディアが二人の様子を微笑ましく眺めている。スザンナは無表情に近いが、チラリと若者にも目をやっている分、彼女が一番、彼を気遣ってくれているのかもしれない。

「あのう……。いったい僕はいつになったら席に案内してもらえるので……?」

 とうとう業を煮やして、若者が口に出したちょうどその時。

「はいはい! みんな、そんなところに固まらないで!」

 パンパンと手を叩きながら、また新たな女性がその場に現れた。


 店の奥からやってきたのは、二十歳前後にも三十代にも見えるような、年齢不詳の美人だった。

 スラリとした体型で背も高いが、スザンナほどではない。身長は百六十センチ代の半ばで、胸はクローディアと同じくらいの大きさだろう。

 赤い髪はかなり長いようだが、金色の髪留めを用いて、後ろでアップにまとめている。髪色に応じて、ワンピース部分が赤のメイド服を着ているが……。

 シャープな切長の目やスッと整った鼻筋、やや逆三角形で面長な輪郭など、いわゆる狐顔なのが、店の名前『妖狐ようこ亭』に繋がる。しかも、その身から漂う雰囲気が、明らかに他の娘たちとは異なっていた。

 いかにも大物という存在感だ。給仕ではなく、この店の女主人に違いない。

 若者はそう思ったし、実際グレンダやアイリスからは、

「あっ、女将おかみさん!」

「リンお姉ちゃんだー!」

 と呼びかけられていた。


 そんな偉い人が、若者に対してニッコリ微笑む。

「ごめんなさいね、お待たせして。さあさあ、こちらへどうぞ!」

「あら、リンさん直々にお相手するの? 珍しいわね」

「うむ。初回サービスみたいなものだろう」

 クローディアやスザンナの揶揄に背中を押されながら、こうして若者は、ようやくテーブルへと案内されるのだった。


――――――――――――


 千年以上昔、この大陸には、いくつもの国が乱立していたという。

 それが一つにまとまったのは、数十年に渡る統一戦争において、王国が勝利を収めたからだ。王家に仕える騎士たちの軍事力、国を支える民たちの経済力に加えて、半獣族と呼ばれる特殊な者たちの活躍も大きかったらしい。


 人と獣が混ざったような外見に加えて、獣由来と思われる身体能力。人間の魔法に相当するような、特殊な妖術を駆使する者もいたという。

 半獣族は別の大陸から渡来してきたと伝えられているが、人々の中には「人と獣が交わって生まれた」と信じて蔑む者もいた。さらに、平和な世が続く中で、半獣族の生まれ持った強靭さを恐れる者も多くなり……。

 王国歴八一三年の現在、半獣族のほとんどは闇に消えていた。一部は王家や貴族に召し抱えられて残ったが、専属の武術指南役だったり、裏の汚れ仕事を任されたり、普通の人々の目には触れることのない環境で暮らしているらしい。


 しかし世間には物好きもいるもので……。

 王都エンドアの繁華街に店を構える酒場『妖狐ようこ亭』では、女主人のリンも含めて女給たちが全員、半獣族の扮装で接客をおこない、それを売りとして店を営んでいる。

 そんな『妖狐ようこ亭』には今宵も、そして明日の夜も、様々な客たちが訪れるのだった。

   

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